霜月の夕暮れ(95)

次の日、旅館での朝食を済ませ10時過ぎには外に出た。商店街で靴を一足買い求め、弥山まで歩いて行く事にした。片道90分間の道のりである。天候も良く、ちょっとしたハイキングには快適な日和であった。気温は13~14°C程度であったが歩き始めて30分もしない間に全身に薄っすらと汗をかき始めて来た。自分の50才という年齢が意識されだした。
「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし」
そんな徳川家康の遺訓が思い出された。母と自分のこれからの生活を考えると、そんな家康の言葉が実感として湧いて来た。
弥山展望台に到着した時は12時を過ぎていた。昨年7月にロッジ風の建物が造り替えられていて360°が眺望出来る絶景の地であった。
厳島神社や大鳥居を眼下に見て、瀬戸内海に点在する多数の島々を見渡す風景は感動で、ちょっと言葉にならなかった。この2年あまり心の襞(ひだ)に溜まった塵(ちり)が薄らいで行くようだ。
1時間近くを展望台で過ごすが、さすがに空腹感を覚えて帰りはロープウェイで下りる。表参道商店街で昼食を摂った時は2時を少し過ぎていた。
食事の後は宮島歴史民俗資料館に出かけてみる。宮島屈指の豪商であった旧江上家の母屋と土蔵の一部をそのまま保存、新たに 2 階建ての展示室を加えて昭和 49 年(1974 年)に開館した資料館である。
衣・食・住、生産、運輸、交通、交易、信仰、年中行事など庶民の生活に根ざした宮島の民俗資料に加え、宮島を題材とした詩歌・絵画や宮島案内記・宮島歌舞伎番付・古文書など約 2000 点を展示してあった。敷地面積は約 500 坪。池のある庭園を囲んで一巡するしくみになっており、宮島の民家を代表する家屋敷のたたずまいも含め、見ごたえのある展示内容である。
「厳島(いつくしま)」という名前が読みこまれた和歌や厳島神社を題材とした短歌・俳句も飾られていた。
秀吉などの歌もあった。
【ききしより眺めにあかぬ厳島見せばやと思う雲の上人】(豊臣秀吉)
【春ごとの頃しもたえぬ山桜よも霧島の心ちこそすれ】(石田三成)
さらに安芸の宮島は古代には「恩賀(おんが)の島」と呼ばれた歌枕があったので、これを読みこんだ和歌もいつくか見られた。
【入り海の二十浦(はたうら)かけて十島(としま)なる中に香深き島は七浦 】(小野篁)
【恩賀島(たぐいなきしま)の姿は自ずから蓬の山も此処にありけり 】(在原業平)
資料館で40分ほどを過ごし、旅館に戻る。まだ4時過ぎだったが幾らか疲労感を覚え、部屋で出された茶をすすりながら寛ぐ。その後はまた露天風呂でゆっくりと身体を休めた。こうしてみると一人旅も悪くはない。全てが自分一人のペースで楽しめる。何か病みつきになりそうだが、こんな贅沢はそんなには許されないだろう。夫と母に少しばかり後めたさを感じた。
次回に続く
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