想い出は風の彼方に(2)

基本的に私自身が人混みの中で働くのが嫌いだった。静かに本を読んだり、音楽を聴いたりするのが好きなタイプであった。
それに、この頃はいわゆる本の虫で、純文学を中心に大衆文学から哲学書まで 幅広く読み漁っていた。その分、学校の授業に身が入らず成績は常に底辺で甘んじていた。高2の1学期であったと思うが倫理社会の授業中に机の下で、ある一冊の本を読んでいた。教師が私の背部から迫って来たが、それすらも気付かず私は本の世界に耽溺していた。
「授業中に、お前は何をしているんだ!」
と言って、その教師が突然に私の本を取り上げた。
「下らない小説なんか読んでいる時間ではないだろう」
と教師は怒る様にして、私が読んでいた本の表紙を見た。ドストエフスキーの「カラマゾフの兄弟」であった。彼は少し身を引く様にして、
「カラマゾフの兄弟も良いが、まあ今は授業中だからな…」
と照れ笑いをして、私にそのまま本を返してくれた。そして一言、
「お前はずいぶん難しい本を読んでいるんだな」
と言い残して、教壇に戻って行った。そんな調子で、数学の時間であろうと英語の授業であろうと、教師の目を盗んでは自分の好きな読書に明け暮れていた。
その年の夏休み前だったと思うのだが、いつもの本屋で私はフロイトの「精神分析入門」に出会った。この一冊の本との出会いが、私のその後の人生を変えたと言っても過言ではないだろう。
それは強烈なカルチャーショックだった。
「エディプス・コンプレックス」
ギリシア神話にまつわるオイディプース王の伝説で男子が同性の親である父を憎み、母に対して性的な思慕を抱く無意識の傾向。
フロイトが精神分析学の用語としたものである。
「リビドー(羅: Libido)」
リビドーとは、日常的には性的欲望または性衝動(sex drive)と同義に用いられる。世間一般的には、リビドーという言葉は押さえきれない性的欲求のようなものを指して使われる。特に男性の荒々しい露骨な性的欲求を表現する言葉としてしばしば使われ、また時には男性の性的欲望を軽蔑する意味合いの言葉としても使われるが、ジークムント・フロイトが「性的衝動を発動させる力」とする解釈を当時心理学で使用されていた用語Libidoにあてた。
一方で、カール・グスタフ・ユングは、すべての本能のエネルギーのことをLibidoと考えた。
そして「ヒステリー分析」など。そもそも「ヒステリー」の語源はギリシア語の「子宮」を意味する「hustéra」に由来する。 ヒステリーの語源が「子宮」であるのは、ヒステリーが女性に多く、子宮の異常が原因で起こる症状と誤解されていたためである。 
そこには、これまで私が考えた事もない人間の心の分析が詳細に書かれてあった。
「これだ、私の求めていたものは…精神分析、何とも言えない魅力的な領域だ。自分は、この領域の研究で一生を過ごしたい」
正に己の天職を見つけた思いであった。
次回に続く
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