想い出は風の彼方に(4)

その年の11月に担任教師の前で
「先生、僕は将来医者になりたいのですが、この学校で何番ぐらいの席次になれば医学部に合格出来ますか?」
と、私は何の恐れもなく尋ねた。
教師は最初、私が何を言っているのか意味を理解しかねていた。
少し間をおいて
「医学部…!」
と聞き直して
「それは獣医とか、歯科技工士とかの医療関係の仕事に就きたいと云う意味か?」
と、怪訝(けげん)な顔で私を見た。
「いえ、内科とか外科とかある医学部です」
私は平然と答えた。教師は何か得体の知れない動物でも見る様な顔で…
「お前ね、医学部って誰にでも入れる所じゃあないんだよ。10月の校内模試の結果を知っているだろうが…あんな成績では医学部どころか、普通の4年制の大学だって合格出来る所は何処もないだろう。お前、何か夢を見ているのか。悪い夢なら早く覚めた方が良いぞ」
「でも先生、クラーク博士の『少年よ大志を抱け』と云う言葉もあるじゃあないですか」
「確かに、お前たち若い者が大きな夢を持つのは良い事だ。それにしても、物には程度と云うものがあるだろう。例え何かのコネがあって、お前が医学部に裏口入学出来たとしてもだ、その後はどうなる。医師の国家試験の道のりは遠いぞ。1学年ごとの進級だって2割近くは留年させられるんだ。そうなったら、お前は表からも裏からも出られないじゃあないか」
何と云う言い草だ。これが担任教師なのか…!
私は怒りで身体を振るわせながら
「分かりました。今日はこれで失礼します」
と言い残して、そのまま学校を出てしまった。家に帰るには未だ早すぎた。行く当てもないまま酒屋の吉村の家に向かった。彼は16才になると同時に軽自動車の運転免許を取り、高校を中退して酒屋の稼業を継いでいた。
母親と二人で、その後も細々と店を続けていた。彼の母親も41才と云う元気な盛りであった。下には4つ離れた妹がいたが、まだ小学生で仕事の戦力にはならなかった。
結局は吉村と母親の二人で酒屋の店を切り盛りするしかなかった。
それでも暮らし向きの事は何とか成り立っている。同じ16才とは言え、吉村には頭の下がる思いだ。
しかし今日の浩司は違っていた。
担任教師に散々馬鹿にされ、彼の心は激しく傷ついていた。
「どうして、俺が医学部に行かれないのだ。男がこうと思いついたら断固実行するべきだろう。今までの成績がどうのこうのなんて関係ないのだ。男が一度覚悟を決めたら、その時が出発点だろう。所詮、学校の教師なんて公務員の端くれだろう。ただその時の成績をみて愚かな進学指導をするに過ぎないのだ。
「男子の一徹」と云う言葉さえ知らないのに違いない。男がこうだと決めたからには絶対に遣り通すのだ。担任の馬鹿教師が何と言っても、絶対に医学部に合格してみせる。そうは思っても私は先程の屈辱感で、心のイラ立ちが収まらなかった。
次回に続く
関連記事

コメント