想い出は風の彼方に(5)

そんなイラ立ちを発散させる為に、何となく私の足が吉村の家に向いただけである。吉村は高2の1学期を最後にして正式に退学届を出していた。
吉村の家に行くのも4ヶ月ぶりぐらいになる。11月も中旬になって秋風もかなり冷たくなっているのに、彼は半ズボンにランニングシャツと云う格好で汗だくになって働いていた。とても自分の下らない愚痴を聞いてもらえる雰囲気ではなかった。
しかし、吉村の方から私を眼ざとく見つけ…
「おや、浩司じゃあないか?
学校はどうした、休みなのか」
と、懐かしげに声をかけて来た。
「うん、ちょっとお前に話がしたくなってな。でも、忙しそうだから帰るわ」
「あと少ししたら仕事が一段落するから、それまで待ってろよ。俺も久しぶりに話もしたいし…どうだ、コーラでも飲むか」
そう言って吉村は、私にコーラ一本を差し出した。
「悪いな、じゃあ遠慮なく…」
私はそう礼を言って、彼から受け取ったコーラを一気に飲み干した。喉の渇きが鎮まると共に私の興奮も少し覚めて来た。問屋から仕入れて来たアルコール類を倉庫に運び終えて、吉村もコーラを飲み出した。
「ところで、俺に話って何だい?」
「別にそんな大げさな内容でもないんだ。お前が汗水を流して働いている姿を見たら、とても俺の下らない話なんか恥ずかしくて出来なくなったよ」
「そうか、お前がそれで良いと言うなら無理に聞く事もないが…まあ、こんな俺で良ければ愚痴の一つや二つなら話してくれても構わないぜ」
「うん、有難う。お前の顔を見ただけで気がおさまったから、今日はこれで帰るよ。仕事の邪魔をして悪かったな」
「別にどうって事もないさ。気が向いたら何時でも来いよ」
「じゃあ、また来るよ。お前も頑張り過ぎないようにな」
そう言って、私は胸の鬱積を十分に晴らせないまま吉村と別れた。
同じ年頃の彼が汗水を流している姿を目の当たりにしては、私の夢想とも云える愚痴など話す勇気はなかった。後は家に帰って6畳間に所狭しと積み重ねられている本の山の中に寝るしかなかった。そんな寝具と乱雑な本の中で、私は男泣きをしていた。
「今に見ていろ、男がこうと決めたからには絶対にやり抜いてみせる。たかだか医学部じゃあないか、何も天下を取ろうとか云った大それた事でもあるまい。ひたすら勉強をすれば良いだけではないか…」
そう決意を決めると、後は何冊かの受験参考書を買い求めてガムシャラに勉強するばかりだ。自分の弱点を克明に分析して、同じ数学でも代数の方が多少なりとも理解しやすかったので、先ずは代数の攻略を…英語は英文法から先に手をつけて行くと云った具合に、夫々の学習方法を自分なりに考案して行った。ともかくは得意科目を少しでも多くして行く事が重要である。それが又、次の自信に繋がって行くからだ。
次回に続く
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