想い出は風の彼方に(7)

父親の話はさらに続く。
「中学校に入って今度は、剣道をやりたいとお前は言い出した。映画で『宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の決闘』を見て、剣こそ人の道…とか言い出して剣道部に入ったが、これも1年と続かなかった。それからしばらくして空手だったかな、あれは半年ぐらいで断念しただろう。そんなお前に医者など出来るものか、今度は何にかぶれたのだ」
私は消え入りそうな顔で、
「でも、お父さん。それは子供時代の話でしょう、この1年間の努力の成果を見て下さい。劣等生だった僕が今回の校内模試では1番になったんですよ」
「確かに、お前の顔つきが変わって来た事はお母さん共々気付いてはいた。学校での成績が飛躍的に上昇したのも喜んでいる。だからと言って、お前が考えるほど医者になるのは簡単ではない。基本的にお前は昔から懲りやすく、飽きやすいのだ。そんな性格を知り抜いているから医者などになるのは辞めた方が良いと言うのだ」
「しかし、お父さん」
「お父さんも糞もない。医者になどなりたいと言うのは、お前の一時の気まぐれだ」
「それは言い過ぎでは…!」
「黙れ、これ以上の口答えは許さない。お前は大学の商学部でも行って、家の帳簿でもつけていれば良いのだ」
そう言うなり父親は立ち上がって外に出てしまった。
私は一人戦慄(わなな)いて、屈辱感に震えていた。しかし、このまま黙って引き下がるつもりはなかった。
「一度家を出て、父親との距離を置くべきではないか。このままでは故なき力の行使に負けてしまうかもしれない」
そう考えた私は、家出の決意をする。ボストンバックに2、3日分の着替えを詰め込み、細やかな預金通帳を持ち出し、行く宛てのないまま冬の夕暮れにもかかわらず家を出てしまった。
始めは親戚の家にでも行くつもりでいたが、それだと直ぐに居場所が分かってしまう。あれやこれやと悩んだ末、酒屋の吉村の家に向かった。吉村の家に着いたのは7時過ぎで、彼の母親と妹の綾子さんが夕食の準備に追われているところだった。
突然の珍客に、皆んなは驚いて一斉に私の顔を見た。吉村が、
「どうした、こんな時間に…」
と、訝(いぶか)し気に尋ねて来た。
「すまない、家出をして来たんだ」
「家出…まあ、どうしたの!」
吉村の母親が心配そうに声をかけて来た。
「はい、父が私の話をまるで聞いてくれないもので仕方なく実力行使に出た訳ですが、ご迷惑とは思いますが一晩だけ泊めて頂けませんでしょうか」
「その事は構わないけど、お父さんやお母さんがご心配なさるでしょう」
「良いんです、少しぐらい心配をかけた方が…父は一方的で話にも全くならないんです」
「まあ、その辺の事情はゆっくり聞くとして飯でも食っていけや」
吉村はぶっきらぼうではあるが、優しく受けとめてくれた。
「そうね、何もないけど一緒に食事をしながら話を聞きましょうか」
彼の母親も気持ち良く同意してくれた。
次回に続く
関連記事

コメント