想い出は風の彼方に(8)

夕食の支度を待つ間、吉村が思い出した様に言い出した。
「篠木、お前。この頃はすっかりガリ勉になったんだってな」
「誰がそんな事を言っているんだ」
「誰って事もないが、秋の校内模試では1番だったって皆んなの噂になっているぜ。ガセネタか?」
「まあ、ガセネタって言う訳でもないが、ガリ勉は言い過ぎだろう」
私は少し恥ずかしそう顔を紅らめた。
「だって、高1の時は俺と同様に成績はいつも下の方をウロチョロしていたじゃあないか。それが650人中1番って云うのは、どういう訳だ!…まさか、カンニングだけじゃあ1番には成れないだろうが」
「実は今日は、その事で親父から散々に嫌味を言われたんだ」
「何だ、それは。成績が上がって嫌味を言われたのか?」
「そう言う意味ではないが、俺が急に医学部に行きたいと言ったもんで、親父が呆れかえって俺みたいな出来そこないには無理だから馬鹿な夢を見るのも大概にしろって、怒鳴ったんだ!」
「成る程な、うちの高校から医学部に行ったなんて奴は一人もいないな。学年で一番って言ったって早稲田か慶応か、それさえ数年に一人ぐらいだろう。親父さんが言うのも、もっともな話かもしれない」
親友の吉村にそう言われ、私は忘れかけた興奮がまた蘇(よみがえ)って来た。
「吉村、お前までそんな事を言うのか。誰が何と言っても俺は医者に成りたいのだ」
「そこまで言うのなら、医者に成れば良いだろう。俺がとやかく言う事でもないからな」
綾子が心配そうに、
「もう、お兄ちゃんも篠木さんも言い争うのは止めて…折角のご飯が不味くなってしまうわ」
「すみません、勝手にやって来て皆さんに不快な思いをさせて」
私は何か居場所を失くす様な孤独感に襲われだした。
「良いのよ、若い時は大いにやり合って…それが若さの特権だもの。徹夫だって久しぶりに篠木くんと会えて、うれしいのよ。さあ、楽しくご飯を食べましょう」
彼の母親は鷹揚に笑ってテーブルの前に皆んなを座らせた。店の中からカニ缶を取り出し、キャベツと混ぜ合わせ即席の野菜炒めを器用に調理してテーブルの上に置いた。
「ご飯だけは沢山あるから、幾らでもお代わりしてね」
そう言い残して、台所に戻り今度はトン汁を作り始めた。
自分の突然の闖入(ちんにゅう)で、彼の母親をかなり忙しくさせてしまった事に申し訳なさを感じたが、緊張から解き放れたせいか私は猛烈な空腹感に襲われ出した。そして言われるままに3杯もお代わりをしてしまう。
そんな私を見て、彼の母親はニコニコと微笑んで…
「食べ盛りの男の子は良いわね、見ているだけで清々しい感じだわ」
と、娘の綾子と目を合わせていた。
私は食べるだけ食べると、すっかり興奮も覚め…
「ご馳走さまでした。お陰さまで気持ちも落ち着きました」
と、満足気に礼を述べた。
「それだけ食べれば気持ちも落ち着くだろう」
と、少しばかり吉村が嫌味な言い方をして、ニヤリと笑った。
次回に続く
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