想い出は風の彼方に(10)

「いえ、ちょっと前にラーメンと餃子を食べたから今は大丈夫」
「そうなの、じゃあ…お風呂に入っていらっしゃい」
そう言えば昨晩は風呂に入っていなかった事を思い出し、
「じゃあ、お風呂に入って来ます」
と、私は言って風呂場に向かう。
「下着はあるの?」
と、叔母が追いかける様に聞いて来た。
「ちゃんと持っていますから大丈夫…」
と答えると、叔母が
「ずいぶんと用意が良いのね」
と呆れた調子で、顔をしかめた。家出の確信犯を見る視線だと、私は感じた。
夜になって叔父が帰って来た。家族の夕食は終え、叔父はビールを飲みながら…
「浩司、今回の家出の原因は何だ?」
と、斬り込む様に聞いて来た。父親ほどではないが、この叔父もそれなりに恐い。私はこれまでの経過を出来る限り素直に説明した。
さらに自分が何故「医学部」を志望するに至ったかも話した。話す間に私の言葉も少しづつ熱を帯びて来た。
「そんな訳で、僕は心の病を治す医者に成りたいのです。それを父は嘲笑って相手にしてくれませんでした。家の帳簿を付けられる様に成れば、それで十分だと言い張るのです。私には一生帳簿だけ付けて過ごす人生なんて考えられません。
だから家出を決断したのです」
「成る程な、それで浩司は医学部に合格する自信はあるのか?」
「自信って聞かれると、そんなには堂々と胸を張って答えられるだけの学力が身に付いたとは未だ言い切れません。それでも先日の校内模試では学年で一番になりました。一年前までは中以下の成績だった僕がです」
「それを兄貴は知っているのか?」
「もちろんです。でも僕が通っている高校で一番になったくらいで医学部を志望するなんてのは、考えが甘いと思っているんです」
「でもお前の努力は立派なもんだ。『鶏頭になるも、牛尾になるなかれ』と云う格言もあるくらいだから、いくら三流高校とは言え一番に成ると云うのは認められて良いだろう。努力こそ、人生だ!
よし、俺が兄貴に掛け合ってやる。明日にでもお前と一緒に行って兄貴を口説いてやる」
「僕も一緒に行くのですか…!」
「当たり前だ、お前自身の事だろう。兄貴の恐さは俺も知っているつもりだ。それでも自分の事を他人任せでは仕方がないだろう。心配するな、俺が責任を持って兄貴を納得させるから…」
翌日の夕方近くに、私は叔父の後に従って恐々と実家の門を潜(くぐ)った。予(あらかじ)め、叔母が電話で知らせておいたので父と母は居間で私たちを待ち構えていた。
「この度は浩司の事で次雄(つぐお)さんには、大変な迷惑をかけて済みませんでした」
と、先ず母が叔父に礼を言った。
叔父は照れ笑いをしながら、
「別に何が迷惑ですか、肉親の浩司の将来がかかった重要な事じゃあないですか。私だって子供を二人抱えているんです。とても、他人事とは思えませんよ」
叔父は母の挨拶を利用するかの様に、早くも説得の口火を切った。
次回に続く
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