想い出は風の彼方に(15)

結局、最終の合格者数は125名だった。この内15名が公立に抜けた様だと後で聞かされた。
私は深い感慨に浸りながら、合格手続きに関する書類一切を小脇に抱え真っ直ぐ自宅へ帰った。わざと電話はしなかった。昼前には自宅の玄関を開けた。母が出て来た。
「どうだった?」
と、心配そうに尋ねて来た。私は合格手続きに関する書類を母の前に突き出しニコニコと笑って見せた。
「合格したのかい…!」
そう言って、飛び上がらんばかりに喜んだ。
「早速、お父さんに知らせなきゃ」
と言うや、電話器を手にした。
「もし、もし、宅の主人がそちらに伺っていませんでしょうか?」
電話の向こうは、近所の碁会所だ。面倒臭さ気に電話口で応対する父の姿が目に浮かぶ様である。母の声が何時もより少し上ずって聞こえた。
「あなた、浩司が合格したんですよ!…医大に…」
「本当か?」
電話の向こうから父の大きな声が聞こえて来た。それで電話は切れてしまった。用件だけを聞くと直ぐに電話を切ってしまうのが父の通癖(つうへき)である。
それから30分もしないうちに、父は走るように帰って来た。家に上がるや否や、
「何処だ、その合格証を見せてみろ!」
何とも喧(けたた)ましい帰り方だ。母が呆れた顔つきで、
「浩司、お父さんに入学手続きの書類を見せなさい」
と、笑顔で私に言った。私は得意気に父の元に茶封筒に一杯詰まった書類を手渡した。その茶封筒に入っている合格証を繁々(しげしげ)と見て、
「お前でも頑張れば出来るもんだな、いや今日ほど驚いた事はない。浩司、これから大学まで一緒に行ってみよう」
「今からですか?」
私は思わず聞き返した。
「そうだ、俺も自分の目で合格掲示板を見てみたい」
そう言い出すや、父は私を強引に家から連れ出し近くを通り過ぎようとしていたタクシーに私を引き入れた。大学正面に着いた時は、数名の受験生が掲示板の前に立って記念撮影をしていた。
父はタクシーをそのまま、待たせ掲示板を見上げた。私の受験票を引っ手繰(ひっ‐たく)って、手元の受験番号1321と掲示板の1321番を何度も見比べていた。
「本当に、本当にお前は受かったんだな。俺の息子が医学部に入ったんだ」
周囲の人達に聞こえるのも構わずに大声を上げた。私は嬉しいやら決(き)まりが悪いやらの感情が交錯していた。
待たせておいたタクシーに乗って自宅には帰らず、私の高校に向かった。正面入口で私達はスリッパに履き替え職員室に出向いた。午後2時半で授業の切れ間の休み時間だった。突然の闖入(ちんにゅう)客に全員の視線が私達に向けられた。父が開口一番に、
「昨年に卒業させて頂きました篠木の父親でございます。今日は倅の事で、ご報告に参りました。一浪はしましたが、何とか医大に合格出来ましたので、そのお礼方々の報告です」
父親の誇らし気な顔が際立っていた。
次回に続く
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