想い出は風の彼方に(21)

問題の発火点は、昨日教室の後ろに掲示された物理学の成績表にあった。一年生140名の半分以上が0点なのだ。最高得点は12点と云う散々な成績だ。その最高得点者も今年、早稲田の理工学部から転入して来た生徒である。
物理学の教師は昨年に東工大から赴任して来た非常勤講師だ。今年の新入合格者は110名だったから、30名の留年生で私達の学年は140名に膨れ上がっていた。その30名の留年生の内25名が新任の物理学講師によって落第させられたとの話だから、事は重大である。大学側も初年度の事なので知らぬ間に見落としていた。
しかし、毎年の様に一学年で25名もの留年生を物理学だけで出されたのでは学校運営から言っても好ましくはない。
そして今回のこの成績だ、昨年の事があるので生徒達の多くは教養学部の部長に談判を申し入れた。
生徒達の抗議内容は、
「学年の半分以上が0点しか取れない成績なんて、テストの名前に値しないじゃあないですか?」
と云う話しだが、物理学講師の言い分は…
「この問題は東工大の物理学の生徒にも出している似たような物だから、出来ないのは君達の不勉強が原因だろう」
との、突っ張り方だ。その返答を聞いてクラス委員の松宮が挙手をして発言を求めた。
「先生、それは理屈が通らない説明ですよ。ここは医学部で、物理学部ではないですよ。ロシア文学専攻の学生に中国語の試験問題を出して、出来ないのは君達の不勉強が原因だと言っているのと同じではないですか」
講師はムッとなってさらに言い直した。
「それこそ、君達の屁理屈だろう。物理学と云うのは、この大学では正規の授業として義務付けられているものだ。その問題がまともに解けないと云うのは誰の責任だ。自分達の不勉強を棚に上げて、教師の私に食ってかかると云うのは了見違いだろう」
そこに教養学部の部長が中に割って入った。
「先生のご説明も充分に理解出来ますが、一般に良質な試験問題と云うのは学生の平均点が60点近く取れるのを目標として作成されるべきものだと私は考えます。学生の半分以上が0点しか取れないテスト問題とは、失礼ですが先生の授業の形態が、無効と断じられてしかるべきでしょう。私は学生の肩だけを持つばかりに見えますが、良質な分かり易い授業を考えだすのも教師の大きい一つの仕事なのです。東工大の物理学の生徒がどんな良い成績が取れたと云う事実と今回の問題は本当は見当違いの考えではないでしょうか。良質の教師があってこそ、良質の生徒は育つのです。学者の感覚だけでは健全な学生の精神は育ちにくいと思いますがね。先生、分かりますか、教育とは育て上げる事なのです。自分の得意分野だけを話していれば良いと言うものではないでしょう。
現に、ここの学生だって数学や化学ではそれなりの成績を上げているのです。物理だけが極端に成績が悪いのです。それを教える先生にも問題はあるでしょう!」
学部長は、そう言い切った。
次回に続く
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