想い出は風の彼方に(24)

春合宿が終わると、四月の新学期までは何の用事も無い。久しぶりに酒屋の吉村の家にでも遊びに行ってみる。昼過ぎのせいか、彼は暇そうに店番をしていた。私の顔を見るなり、
「何だ、その真っ黒な顔は…」
と、尋ねて来た。
「何、部活で四国まで行って来たんだ」
「部活か…」
吉村は少し羨まし気な顔をした。
「何のクラブに入ったのだ?」
それでも彼は幾らか興味を示した。
「ワンダーフォーゲルだ」
と、私は無造作に答えた。
「何だ、そのワンダーフォーゲルって言うのは…」
「まあ簡単に言えば、山歩きが中心のハイキング部かな」
「へぇ、随分と気楽そうなクラブだな」
「ところが、そんなに楽でもないんだ。40kg近い荷物を背負って10日も山の中を登ったり降りたりして、かなり厳しいんだ」
吉村は少し感心した様に、
「それでお前の身体も引き締まって来たのか。以前はもっとポッチャリしていたのにな…」
「吉村にそんな言われ方をすると何だか恥ずかしいよ」
「どうして?」
「だって、お前の様に労働で鍛えた身体とは違うし」
そんな二人の会話の最中に、綾子が帰って来た。
「あら篠木さん、お久しぶりね。一年ぶりくらいかしら…」
久しぶりに会う綾子だが、私には妙に眩(まぶ)しく輝いて見えた。わずか一年の間に若い女性とは、こんなにも変わってしまうものか?
我知らず、顔が紅くなって行く自分に当惑していた。
「でも随分と真っ黒ね、身体も引き締まって…ちょっと良い男になったんじゃない」
「兄貴の友だちを揶揄(からか)うもんじゃあない」
そう言って吉村が、少しばかり綾子を睨んだ。
「あら、悪口を言った訳じゃあないんだし、感じたままを言っただけよ」
吉村が私の方に向き直り、
「高校に入ってから、こいつは生意気になって困っているのよ」
「女の子は基本的に口が早いから、今頃の高2だと普通じゃあない」
彼女の顔には目を向けず、私はさらりと言葉をはぐらかした。
「そうよ、兄ちゃんは仕事一筋だから…世間の事は何も知らないんだ」
「全く、お前の口には勝てないよ。もう分かったから夕食の支度にでも行きな。篠木にも何かご馳走してやってくれ…」
「いや、俺は良いよ」
私は一応辞退した。
「そう言うな、久しぶりに来たのだから飯ぐらい食べていけよ。お前の大学生活の話も聞きたいしな」
「そうか、それなら言葉に甘えてご馳走になって行くか。綾ちゃん、甘えても良いかい?」
「もちろんよ、ろくな物は作れないけど…皆んなでご飯を食べる方が楽しそうだわ」
綾子は満面の笑みを浮かべて答えた。
「こいつ、ああは言っているがお袋にかなり鍛えられているからそれなりの物は作れるよ」
「お兄ちゃん、変なプレッシャーを与えないで…私自信がなくなるから」
次回に続く
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