想い出は風の彼方に(26)

春休みが終わって大学2年生の新学期がスタートした。
大学の授業と部活に忙しい生活に追われだした。この時期はどちらかと言うと部活に多くの時間を割いていた。来年からは4年間の専門課程となる。専門課程の解剖実習が始まると、もう時間に余裕がない。授業時間も一時間増える。青春時代を謳歌するなら、この1年間しかないと多数の先輩から聞かされていたので、根が単純な私は部活の他にクラスメート数名とで作り始めた「同人誌」に熱中していた。2ケ月に一つの作品提出が義務付けられていた。これもかなり忙しかったが作家気取りでいたので苦にはならなかった。初回作は「なおこ」で、予備校時代の失恋小説である。これは悪評だった。ストーリー自体が耽美主義で自己陶酔型だと友人の多くは一顧だにしてくれなかった。
次の作品は「ジャンヌダルクを殺したのは誰だ!」で、15世紀のイングランドとフランスとの戦いをテーマにしたものだが(宗教戦争的な意味合いが強く)、史実の不勉強さと宗教的な考察が曖昧だと指摘され、ストーリー全体の安易さも目立つと酷評だった。それでも懲りずにまた「神々の尾根」を書いた。原稿用紙200枚ぐらいの随筆文で、北海道大雪山縦走3週間の実態記録を書いたもので、これはそれなりの評価を得た。
実際に2年生の夏合宿「大雪山縦走の3週間」は私の5年間(6年生は医師国家試験の為に引退)の部活でも一番厳しかった。僅か3週間の合宿で体重が6kgも落ちた。十勝岳から登り層雲狭に至る、距離が100km以上に及ぶ悪路である。この夏はヒグマによる登山者の遭難も続出して、10数名もの死者を出してマスコミを騒がせた。
後から聞かされた話であるが、祖母が母を叱りつけたらしい。
「息子を医学部に行かせたのは、ヒグマの餌にする為か!」
と言って、泣き叫んだとの事である。
もちろん、登山中はマスコミの騒ぎや家庭内での心配も知らず大雪山の余りに雄大な縦走貫徹に心を砕いていた。所々にヒグマの新しい糞便を何度も目にしたが、何故か自分達の問題としては捉えていなかった。霧で登山ルートを見失う事が多く何日もビバークを余儀なくされ、テントを張る場所も確保出来ず岩山の割れ目で夜を明かす事も多かった。
それでも恐れと云うものは、まるで感じなかった。それよりは晴れた日の大雪山の勇壮さに、天国に至る道を歩み続ける信徒の群れに参加しているかの様な錯覚に浸っていた。
「お~い、雲よ。この大なる天界よ!…私達は明日に向かって確実に生きている」
そんな歓喜に震える日もあった。
そして終着点の層雲峡に下りたった時の感動、幾重にも重なる岩層の織り成す自然の不思議。この世の物とも思えぬ畏敬感で全身は金縛りにあっていた。これは紛れもなく徒歩で縦走した者だけが味わえる至福の思いに違いない。
それが証拠に10数年後、ドライブコースで妻と二人、昔の思い出を求めて層雲峡を訪れた時は、さしたる感動を覚えなかった。
人は額に汗して、真の苦楽を味わえるものかもしれない。
次回に続く
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