想い出は風の彼方に(41)

私は恥も外聞も忘れ
「誰か、この痴漢野郎を何とかして下さい」
と、周囲の乗客に助けを求めた。
しかし、何処から見てもヤクザにしか見えない、このチンピラ男を恐れ誰も手助けをしてくれない。むしろ何も見えない振りをしている。そんな状況下で男は益々増長して、彼女の胸の中にまで手を入れる気配を示し始めた。男は多分にアルコールも入っている様だった。次の駅に着いて乗降ドアが開く直前になって、男はやっと彼女の身体から手を離した。自分なりに、このまま痴漢行為を続けるのはヤバイと感じたのだろう。乗降客が10数名は入れ替わった。一人30代前半と思われる体躯の頑強そうな男性が乗り込んで来た。ドアが閉まり電車がまた動き出した。
しばらくすると痴漢男はまた彼女の身体を触り始めた。
「好い加減にしないか、お前は変態か?」
私はまた怒鳴った。腕力で勝てないと思っても私なりに痴漢男と戦うしかなかった。
「この生学、まだ俺にとぐろを巻こうと云うのか。この野郎、腕の一本もへし折ってやろうか。この姉ちゃんだって、それなりに楽しんでいるんだ。これが本物のテクニックなんだよ、馬鹿野郎め!」
彼女は実際の所、恐怖で口もきけないでいたのだ。それに私がこの男から暴行的な行為を受けたのを目の当たりにしていたので、自分がしばらく我慢すれば事は円満に片づくのだと考えていたのかもしれない。
しかし事態は急な変化を帯びて来た。新しく乗り込んで来た体躯の頑強そうな男性が急に
「痴漢行為をすぐ止めるのだ」
そう言って、痴漢男の肩を強く叩いた。
「何をするんだ、てめえも痛い目に合いたいのか?」
と言って、男は拳(こぶし)を上げかけた。その手に、
「この馬鹿者め、痴漢行為で現行犯逮捕をする」
と言うや否や、ガチャンとその手に手錠をかけた。男は事態の急激な変化に顔面を蒼白にして…
「旦那、私は何もしていませんよ。こんな満員電車の中ですよ、自分の意志とは関係なく誰の身体にだって触れてしまいますよ。それを痴漢行為の現行犯だなんて、あまりのお言葉ですよ」
男は態度も言葉つきも下手に出て、自分の無実を訴えた。
「黙れ、お前の痴漢行為は私の目の前で行なわれていたのだ。それだけではない。お前は私にさえ暴行を加え様としたではないか。どんな言い逃れが出来ると言うのだ。ともかく、署まで来てもらおう」
私は勇気を取り戻して、
「彼女は私の親友です。彼女への痴漢行為を何度も注意したのですが、この男は一向に止め様としません。それどころか、私にも暴行を加えて来ました。もし宜しければ私も警察署に同行して証人となりたいのですが…」
私は、この痴漢男を心の底から憎んでいたので、こんな男は徹底的に社会から排除して厳重な処罰を下して欲しいと願っていた。
私服の警察官は、
「それは有り難い、是非ご協力をお願いします」
と言って、私に軽く頭を下げた。
次回に続く
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