想い出は風の彼方に(52)

クラスメートであった篠木と会うのは、1年ぶりぐらいであった。彼の母親と会うのも同様である。綾子も付いて来た。一遍に3人の客が来たので、浩司の母親は少し面食らった。先ず篠木の母親が挨拶をした。
「いつも綾子が、こちら様に好き勝手に出入りさせて頂きお詫びの申し様もございません」
「いいえ、こんな可愛いお嬢さまが遊びに来て下さるのは毎日でも大歓迎です。宅の主人までもが、
『おや、今日は綾子ちゃん来ていないのか。風邪でも引いたのかな』
と言って、寂しがる有り様なんです。もう我が家の娘に貰ってしまいたいくらいなんですよ」
「恐れ入ります。あの様に不束(ふつつか)な娘が、その様に気にいって頂けるとは有り難い事です」
篠木も横から口を出した。
「本当に綾子のやつは、殆んど家に寄りつかず吉村の家にばかり行っているもんな…」
浩司が溜め息まじりに言った。
「しかし、篠木は偉いよな。自分は高校中退なのに、妹は大学まで行かせるのだから」
「それより綾子が慶應に合格したのは、何と言っても吉村のお陰だよ」
篠木の母親までもが、
「本当に綾子が、あんな名門大学に合格出来たのは浩司さんの良きご指導があったからこそです。酒屋風情の娘が普通に勉強して入れる大学ではないですから…」
「いえ、全ては綾子さんの努力の賜物です。うちの浩司の助言など、たかが知れています」
社交辞令的な長話が余りに続くので、横から浩司が口を挟んだ。
「お母さん、何時まで玄関先で挨拶をしているの。早く家に上がってもらったら」
シビレを切らしたかの様な言い方をした。
「おやまあ本当に、ともかくお上がり下さい」
「それでは、失礼します」
そう言ったと思うと、重そうな一斗樽を慣れた腰つきで篠木が家の玄関から居間へと運び入れた。
「随分と仰々しい物を運んで来たんだな」
そう驚いた眼差しで、浩司が篠木を見た。
「な~に、綾子が日頃からお世話になっているお礼よ。親父さんが日本酒が好きだって聞いたし、お前だって結構飲むんだろう」
「それにしても、さすがに酒屋だけの事はあるな、全くビックリしたよ。しかし、親父がこれを見たら喜ぶだろうな」
「さあ、皆さんお座りなさって下さい。ただ今、コーヒーなどをお持ちしますから」
浩司の母親は満面に笑みを浮かべて言った。
「おばさま、私もお手伝いしますわ」
そう言って、綾子も台所に足を向けかけた。
「綾子さん、今日は貴女が主賓でしょう。そのまま楽にしていて…」
「でも、おばさま一人では大変でしょう?」
「何だ綾子、お前はこの家の嫁みたいだな」
そう言う兄を綾子は睨みつけて、
「お兄さん、そんな言い方は浩司さんに失礼でしょう」
と、抗議をした。
次回に続く
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