想い出は風の彼方に(58)

「ところで、綾ちゃん。箱根の旅行はどうする?」
「もちろん、行くわよ」
「今度の日曜日から2泊ぐらいで考えているんだけど。小中学生が春休みに入る前の平日なら、旅館も取りやすいし…綾ちゃんの予定はどう?」
「私なら、卒業式の日だけ除けば大学の入学式までは大丈夫よ。でも、旅費はどうするの?」
「お袋を口説き落とすよ、俺には結構甘いから」
「でも、私の分まで持ってもらうなんて何だか気が引けるな…」
「気にする事なんて無いよ。お袋だって君の為の旅費なら喜んで、お金を出してくれるさ」
「何だか、図々しく思わないかしら、お母様は…」
「そんな心配は全く無用だと思うよ。この間もお袋は『綾子さんの合格祝いはどうしたら良いかしら』と、俺に相談して来たくらいだから。お袋としては君に何か可愛い洋服を買いたいんだよ」
「そんな…?」
「娘がいないから、女の子の洋服を買いたがっているんだ。多分、お袋はそんな様な話を近いうちにして来ると思うから、その時は付き合って欲しいな。何だったら俺も付き合うから…」
「浩ちゃんが一緒なら、お付き合いしても良いわ。でも私一人なら困るわよ、だって余りに図々し過ぎるもん」
「そんな事は無いって、お袋は君が可愛いくて仕方がないんだよ。それじゃあ明日、二人で旅行会社に行ってみるから、それで良いね」
「うん、浩ちゃんの言う通りにするわ」
「じゃあ、今日はこれで気がすんだから、明日また会おう」
そう言って、浩司は綾子と軽く唇を合わせ、自分の家に帰って行った。家に帰り着いた時は11時を回っていた。
「浩司、こんな遅い時間まで何処に行っていたの?」
「いや、母上様。ご心配をかけて誠に申し訳ございません」
「な~に、その大仰な言い草は。お母さんを揶揄(からか)っているの?」
「滅相もない。ただ少々頼み事がありまして…」
「何時もの様に普通に話をしないなら、お母さんも浩司の頼み事など聞く気にはなれないから…もう良い年をして何をふざけているの」
「ご免、ちょっと言いにくいお願いなんですよ」
「何よ、その言いにくい願いって云うのわ。話の内容しだいですよ」
「実はですね、う~ん、やっぱり話しにくいな」
「男のくせに、随分と煮え切らないのね」
「もうこうなったら、清水の舞台から飛び降りた覚悟で話します」
母の鈴子は苦笑いしながら、
「また大げさな言い方をして…今日の浩司は変だわ!」
「はい、お母さん。今日の僕は変なんです。恋の虜(とりこ)になっているのです」
「それは綾子ちゃんの事なの、それならお母さんは許します」
「お母さん、僕は彼女に恋しているのです。学生の分際ですみません」
「そんな事は、浩司が綾子ちゃんの家庭教師を始めた時から分かっていたわよ。そして、昨晩は本当の恋人になってしまったんでしょう」
「お母さん…!」
「馬鹿ね、浩司の考えている事は何でもお母さんには見通しよ」
次回に続く
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