想い出は風の彼方に(62)

箱根旅行から帰った翌日から浩司は大学に行き、春合宿の準備に取りかかった。この合宿からサブリーダーになる。
合宿中のチーム順列はサブリーダーが先頭で、皆んなをリードして歩く。その後は足腰の弱い新人から歩き、リーダーは最後尾を歩くのが原則である。サブリーダーの任務は新人の体力をある程度は考慮に入れながら歩調のリズムを合わせて行く。さらにルートから外れた時は全員を待機させ、サブリーダーが走ってルートの点検に行く。なかなか骨の折れる仕事だ。
今度の大歩危小歩危(おおぼけこぼけ)は、吉野川西岸の徳島県三好市山城町西宇地区の歩危茶屋付近から高知県長岡郡大豊町大久保地区の一部までと、その対岸となる徳島県までの大峡谷である。この四国の大峡谷は、北海道の層雲峡の雄大さに勝るとも劣らない。ただ行程自体は北海道よりは四国の方が楽だ。登山道より眼下に見える大峡谷の自然を見ながらの行程は命の洗濯とも言えた。日本の自然の美しさに改めて驚嘆する日々だ。合宿中も綾子の夢はよく見たが、朝は5時には起き出し、冷たい川の水で朝食を作り、テントを撤収し7時にはラジオ体操を熟(こな)してスタートする。朝起き出した瞬間から綾子の事は完全に忘れている。サブリーダーと云う役目が、そんな甘い夢の続きを追いかける事は許さない。行程中は9時10分と16時00分にNHK第二放送の気象通報で部員の全員が、その日の天気図を作成する。これがかなりの修錬を必要とする。新人ではラジオ放送のスピードに付いて行けず、正確な天気図を作り上げる事が出来ない。新入部員が何とか書き上げた天気図をチェックするのも、サブリーダーの務めであった。それまでの平部員と比べ浩司の仕事は、かなり忙しい。それでも蟻の様にただ歩き続ける平部員よりは、全体像が見えて来たし、大自然の風景を楽しむ余裕もあった。古い軍隊用語を使うなら「将校」と「兵隊」ほどの違いがある。大学3年生は下士官ぐらいの地位かもしれない。
合宿4日目は大雨だった。2年生の沢田が体調不良を訴え、歩行が困難そうだった。チームリーダーが医療担当で、仮テントを張って沢田の体温を測る。39°Cもある。こう云う場合はサブリーダーの浩司が、公民館なり、小学校なりの体育館での雨宿り場所を探すのが任務となっている。浩司はザックを雨の当たらない場所に置いて、沢田が休める場所探しに奔走する。幸い春休みの小学校体育館が空いているので、使用しても良いとの許可が得られた。目的地まで20分程、沢田の荷物は部員全員で分散して担ぎ小学校に向かった。
この時ほど雨風の当たらない場所で休める事が有り難いと感じた事はなかった。リーダーが沢田に抗生物質を服用させ、彼の同級生が濡れた下着を着替えさせてシュラフの中に寝かせた。その汚れた下着は同級生2人で洗っていた。何しろ他に着替えはないのだ。
宿直の教師が、石油ストーブを貸してくれたのには涙が出る程うれしかった。人の世の情けをしみじみと感じた。
次回に続く
関連記事