想い出は風の彼方に(65)

浩司は綾子と話す事は止めて、彼女の手を優しく握った。そのまま近くの公園に連れ出し、人目の付かないベンチを探して座った。そして何も語らず、彼女の唇に自分の唇を重ねた。耳たぶを甘かじりして、
「俺だって、合宿中はずっと綾子の夢を見ていたんだ。どれだけお前の事が好きなのか分からない程だ。そんな俺でもやっぱり許せないのか?」
そう言いつつ、綾子の小さく開けた口に舌を入れて絡ませた。彼女は全てを忘れて浩司の成すがままに身を任せていた。二人はしばらく唇を重ねながら抱き合っていた。
「浩ちゃん、浩ちゃん寂しかったの。でも今は浩ちゃんの全てが好き。さつきはイジワル言ってご免ね。何時だって浩ちゃんの事ばかり考えているんだから…」
二人はそうやって一時間近くも公園で過ごした。
「もう昼だな、何か食べに行くか?」
浩司は綾子に、そう声をかけた。
「うん、そうだね。何を食べようか。でも、浩ちゃんの好きな物なら何でも良いや」
「何だかラーメンを食べたくなったな、それでも良いかい」
「良いわよ、浩ちゃんと一緒なら」
二人は、駅近くのラーメン屋に入り昼食を取る。浩司は昨日から食べ通しだが、それでも不思議に満腹感は得られなかった。
食事が終わって、二人は上野に出かけ動物園に入った。平日にもかかわらず未だ春休み中なので、親子連れも多かった。サル山で15分ほど過ごした。浩司には人間社会の縮図を見ている様な気分に駆られた。そこでは力のバランスが全てを支配していた。
我々の社会も似たり寄ったりだなと、考えざるを得なかったのだ。綾子は、ただ浩司と手を握り合い身体を寄せ合っているだけで幸せだった。
動物園を出た後は鶯谷から少し離れた旅館に二人は入って行った。綾子は何も言わず、当然の如く付いて来た。入口で中年女性から、
「お泊まりですか、休憩ですか?」
と聞かれたので、浩司は少しムッとした顔で…
「休憩です」
と、答えた。綾子は黙って下を向いていた。部屋にはWベッドと小さなソファが置かれているだけだった。風呂はなくシャワールームだけが付いていた。箱根の旅館と比べると、何か貧弱な感じだ。二人はそのままベッドに倒れる様にして抱き合った。
浩司は彼女の唇を求め、乳房を愛撫した。
「何か随分と久しぶりみたいな気がするね」
「気がするねじゃあなくて、本当に久しぶりなんだから」
と、綾子が言い返した。
「寂しい思いをさせて、ご免ね!」
「その分、思い切り抱いて。優しくしてくれなきゃ嫌よ」
言われるまでもない。浩司も綾子が欲しくて仕方がない。
彼は逸(はや)る心を抑えて、彼女の首筋から足の先まで愛しみながら幾度と無く慈しんだ。彼の男性自身の限界が来た時に、綾子はベッドの脇に置いてあった小さな紙包みをそっと破いた。
「浩ちゃん、お願い。今日は、お帽子くんを付けて…このまま赤ちゃんでも出来たら困るでしょう。それとも23才のパパになりたい?」
次回に続く
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