想い出は風の彼方に(68)

「ロボトミーって言うのは、情動緊張や興奮などの精神障害を除去する目的で前頭葉白質を切除する手術の事なのだよ。人間の前頭葉は感情のコントロールをする重要な部分で、この分野を切開切除してしまうと精神障害で興奮しやすい患者さんは、信じられない程に大人しくなるのだ。
1935年、ジョン・フルトン(John Fulton)とカーライル・ヤコブセン(Carlyle Jacobsen)が、チンパンジーに前頭葉切断を行ったところ、性格が穏やかになったと、ロンドンで行われた国際神経学会で発表されたのだよ。
それを受けたポルトガルの神経科医エガス・モニスが、リスボンのサンタマルタ病院で外科医のペドロ・アルメイダ・リマ(Pedro Almeida Lima)と組んで、初めてヒトに前頭葉切截術(前頭葉を脳のその他の部分から切り離す手術)を行ったと言われているんだ。
その後1936年9月14日、ワシントンD.C.のジョージ・ワシントン大学でも、ウォルター・フリーマン (Walter Jackson Freeman II) 博士の手によって、アメリカ合衆国で初めてのロボトミー手術が、激越型うつ病患者(63歳の女性)に行なわれたのだが、篠木君は『激越型うつ病』って分かるかい?」
「いえ、分かりません」
「うつ病と云うのは4つのタイプに分かれているんだよ。もっとも多いのが『定型うつ病』で、その次は『抑制型うつ病』そして『激越型うつ病」と『仮面うつ病』の4つだ。詳しい事は大学の授業で習うとして、今回は『激越型うつ病』についてだけ少し説明するね」
「はい、宜しくお願いします」
「うん、このタイプは一般の人が考えている様な、うつ病と違って激越型うつ病は、うつ病の4つの症状、
1)抑うつ症状
2)抑制症状
3)不安・焦燥
4)身体症状
の内、3)の不安・焦燥 が強くあらわれるタイプなんだよ。だから、うつ病とは言っても、思考力や判断力の低下(抑制症状)や、身体症状もほとんど無いため、会社に遅刻したり、欠勤したりする様な事はなく、焦燥感のせいで早足で歩いたり、饒舌によく話したりするため、周囲の人からは病人に見えず、むしろエネルギッシュで仕事も一生懸命やっているように見えてしまうのだよ。
本人は外見とは裏腹に内面では不安感や焦燥感を強く感じており、活動的な言動はどうしようもない焦りから来る無意味な動作であったり、早口の話には内容的なまとまりを欠く場合が多いのだ」
「一口に、うつ病と言っても色々と難しいんですね」
「そうだね、特に激越型うつ病の場合は症状が過激なため即座に入院の措置がとられる場合もあるんだ」
「よく分かりました。ご説明ありがとうございます」
「話をロボトミーに戻すと、これから30年以上もロボトミー手術が世界的な大流行となり、ロボトミーの流行は1949年ピークに達するんだよ。この年に、モニスはこの技術の生みの親としての功績が認められ、ノーベル医学賞を受賞しているんだ。
しかし現実には、この手術の副作用は多く、術中の死亡例は数パーセント以上と報告され、廃人(人格破壊)になった患者数は数え切れなかったらしい。
さらに第二次世界大戦が終わると、心的外傷後ストレス障害を持つ兵士が何千人も帰国した為に年間のロボトミーの手術件数は100から5,000にまで激増したんだ。
次回に続く
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