想い出は風の彼方に(75)

やはり、友人の病院で見学させてもらった精神医学の現場は、自分のこれまでの想像とは余りに違っていた。
そして大学5年の12月から、いよいよ病院実習が始まった。スタートは何故か精神科からだった。2週間の実習であったが、友人の病院見学とは違って緊張感の漂う日々だった。口頭試問的な質問も多く、気が抜けなかった。
しかし、浩司は精神医学史などもかなり事前に勉強していたので、8人が1グループの同級生の中では一歩抜きん出ていた。
教授の初診外来は、驚くほど丁寧だった。患者さんと、ご家族の話をゆっくりと詳細に聞き、診断を進めて行く過程は学ぶべき事が多かった。一人の患者さんに1時間近くはかけていた。
それは、正に精神科の初診外来に相応(ふさわ)しい光景だった。浩司は、この教授外来に接して、また精神科医への志望に心を傾け出した。午前中は外来実習が多く、午後は病棟実習だった。
精神科の入院ベッド数は45床で病状は多彩であった。精神分裂病(現在は統合失調症)が15名、うつ病12名、シンナー中毒6名、覚醒剤中毒5名、アルコール中毒5名、空床2であった。年齢層も幅広く18才のシンナー中毒患者から、55才のアルコール中毒患者までいた。
入院患者さんの中で、浩司が一番関心を抱いたのは18才のシンナー中毒で再入院を繰り返している女の子だった。
名前は下山百合子と言う。彼女のカルテからアナムネ(入院歴や病歴)を調べる事から始めた。そこに書かれている内容は驚くべき事実の経過報告だった。
また、カルテ以外にも担当医とナースから次の様な話を聞かされた。さらに彼女自身の口から告白じみた話も聞かされ、百合子の心の闇を浩司なりに整理してみた。
彼女の父親は百合子が12才の夏に、交通事故で亡くなっている。彼女の母親は翌年には同棲を始めた。相手はフリーのカメラマンで年令は母親より一つ下だった。収入は不安定で、パチンコ好きだった。母親は昼間は歯科医院の事務をやり、夜は居酒屋のバイトをしていた。亡くなった父親の交通事故による保険金が700万円程手元に残されていたが、数年で生活費に消えていった。
彼女は新しく父親らしい顔で入って来た、この男には、どうしても馴染めなかった。中学2年の彼女を見る目線が、何処か卑猥さを漂わせていたのだ。
母親は朝から晩まで仕事で忙しく、家には殆どいなかった。ところが男の方は、家でゴロゴロしている事が多かった。たまに数日間、急にいなくなる事があった。カメラマンの仕事が入ったらしい。そんな時は、ご機嫌で帰って来た。数ヶ月に一度は10数万円のお金を家計に入れる事もあった。
夜遅く帰って来た母親に、そんな時は仕事の自慢話しを盛んにしていた。母親も嬉しそうに聞いていた。
しかし、実際の生活は母親の細腕にかかっていた。こんな男と、どうして結婚したのか百合子には理解が出来なかった。母親の勤務する歯科医院に、患者として幾度か通って来たらしい。どうやら、その時に口説かれた様だ。母親もまだ37才で女盛りであった。誰か心を支えくれる人が欲しかったのかもしれない。男は年令よりは5才ぐらいは若く見え、一見女好きのする顔だった。
百合子が13才の冬、母親と男が一緒に帰って来た。二人共、かなり飲んでいた。それ以来、男はそのまま家に住みこんでしまった。三部屋の一戸建ての家だったが、新しい男の闖入(ちんにゅう)で家の中は急に狭くなった。
次回に続く
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