想い出は風の彼方に(78)

精神科実習の次は小児科病棟であった。小児科のベッド数も45床だった。大学病院の小児科病棟は、市中病院では見られない重症例が多い。小児癌、白血病、難治性の間質性肺炎、気管支喘息の重積発作などだ。浩司の実習中の担当患者は、関山和也くん4才だ。病名は神経芽細胞腫で、3才5ヶ月で発見された。腹部の腫脹で、近くの小児科クリニックを受診し大学病院に送られて来たケースである。小児科外来で助教授の小林医師に初診を受けた。未だCTやMRIのない時代である。腹部の触診と断層レントゲン撮影にて、小林医師は腹部に腫瘤病変のある事を確信した。
和也くんは未だ何とか口から食事が取れていたので、3日後の入院手続きとなった。入院2日後には、早くも試験開腹が行われた。手術によるダメージを極力抑えた診断の為の、わずかばかりの開腹術である。ともかく病理組織を確保して、的確な診断を付けたかったのである。尿・生化学的な検査は悪性病変を疑わせる所見であったが、大学病院としては確定診断としての病理組織が欲しかった。
しかし、試験開腹の段階で小児外科の医師の目には悪性病変としか言いようのない腫瘤が幾つも映し出された。数日後に病理から出された報告書には「神経芽細胞腫」の疑いが濃厚とあった。その報告書と外科医の説明を受け、小林医師は和也くんの両親に連絡をして大学病院に来てもらった。そして和也くんの病名と、これからの治療方針を詳細に話した。
先ずは神経芽細胞腫であると云う事、1才前後の発症だと予後は良好な事が多いが、3才以上だと予後は極めて良くない事を伝えると、和也くんの父親が重苦しい口調で尋ねて来た。
「予後が良くないと云うのは、具体的にはどういう意味ですか?」
医師は真っ直ぐに父親の顔を見て、
「これから1年以上、和也くんの生命が保てるか疑問だと云う意味です」
「そんな…!」
と言いながら、和也くんの母親は顔面を蒼白にして理不尽と思われる医師の説明に抗(あらが)った。
「一体、その神経…何とか細胞腫って何ですか?」
医師の意味不明な病名に、彼女は納得出来ないとばかりに抗議口調で尋ねた。医師は慰めるように答えた。
「小児に出来る癌の中では、脳腫瘍に次いで多い病気です。根本的な原因は未だ解明されていませんが、交感神経(自律神経系の)を起源として発病されます。初期症状は腹部腫大が多いと言われします。今回の和也くんの様にです」
父親がナイフの様な鋭さで詰問した。
「すると、腹部の症状が現れた時は手遅れだと言うのですか?」
まるで、手遅れの原因が小林医師にあるかの様な問いかけである。
医師は静かに答えた。
「そうは申し上げていません。1才半以下の小児ですと、腹部症状が出て来ても他の臓器への転移が少なく腫瘍が限局している場合が殆どです。しかし、3才以上の発病ですと腹部に留まらず転移している事が多いのです」
「うちの和也は、どうなんですか?」
ややヒステリックに、母親が質問を繰り返した。小林医師は沈痛な面持ちで声を落としてつぶやいた。
「残念ながら、転移しています」
と…。
次回に続く
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