診察室からコンニチハ(48)

認知症の外来診察を通じて常に思う事は、家族が率先的に参加して、医師と二人三脚で少しでも親なり、配偶者の認知機能を改善しょうと努力する人と、性急に結果を要求する家族とでは明らかな違いが出て来る様に思えてなりません。
こう書くと如何にも医師の言い訳に聞こえるかもしれませんが、認知症治療は試行錯誤の連続です。ご家族と医師の手探り状態であると言っても過言ではないのです。何故ならアルツハイマー型認知症にのみ単独で罹患していると云うケースは割と少ないのです。
一口にアルツハイマー型認知症と言っても、以前の様にアミロイドβのみが蓄積している(その様に言われていた時期も長かったのです)だけではなく、タウ蛋白の蓄積もかなりの比率で認められていると昨今の文献では記載されています。その蓄積比率で病状も微妙に変化する様です。レビー小体型認知症に関してもアルツハイマー的な要素が混在しているケースも多いと言われています。ピック病に関しても同様に脳血管性とか、レビーとかが入り混じっていたりするのです。
ですから、稀には「ドネペジル」や「ガランタミン系」の薬剤がそれなりの効果を示す例もあります。しかし、それらの薬が長期的に効くかと言えば疑問が残ります。何故なら認知症の病状は月日の流れと共に、その病態生理を変えて行くからです。
脳内に蓄積して行く変性物資が、癌細胞の転移に似た変化を起こしたりするのです。しかし癌細胞の転移と違うのは、認知症であろうと人間の感情は最後まで残りやすいのです。
その感情を利用する事により、認知症を改善する為の努力は必要なのです。現段階で出来る事は「脳トレ」であろと、「音楽療法」であろうとやってみるべきなのです。
認知症の根本治療は脳内に蓄積した変性物資の除去以外にはないのですが、その変性物資にしても完全に解明できていると云う訳ではないのです。つまり、根本治療に至る道は未だ遠いと言わざるを得ません。
戦前の時代、まだ「抗結核剤」が発見されるまででも結核の治療は、栄養のある物を食べるとか、転地療養などで多少の効果を上げていました。全快例だってあったのです。
認知症治療にしても、同じ様に考えられます。生活習慣病の改善や朝の散歩、規則正しい生活なども補助的な治療になるのです。結局、人は生きている限り、その与えられた状況で精一杯に生き続けるしかないのです。希望を捨てず…。
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診察室からコンニチハ(47)

「認知症の公開質問」で、ある方から脳トレにどれ程の効果があるかとの質問を頂きました。とりあえず回答には、これまでの外来診察を通じての効果実績の一部を披露させて頂きました。その後で色々と考えてしまいました。「脳トレ」否定説を唱えている医学者も数多くいる事は存じていました。もちろん肯定派の医学者も、それ以上に多くいます。しかし、私自身の外来診察を通じての体験から申し上げれば単純な結論は出せないと云うのが真実です。
初診時の認知症の程度(長谷川スケールが10点未満だと、効果は良くない)、どのくらいの病状経過(認知症状が初診まで長期的に放置されている程、脳トレの効果は悪い)、さらに脳トレを実施する側の熟練度も大きい要因となります。それらを全て考慮するならば、多くの因子が重なって「脳トレ」にかなりの効果を出すグループと、まるで効果のないグループに大別されると思います。
それら多くの要因を無視して、「脳トレ」の効果を単純に判断すべきではないと思います。
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診察室からコンニチハ(46)

私の認知症外来には、色んな患者さんが来ます。一番手のかかる患者さんは幻覚や暴言の激しい患者さんです。さらに認知機能が保たれていたりすると、より治療に手間がかかります。
「俺がボケているって、ふざけるな!」
と、怒鳴られる事も稀ではありません。こんな時の対応は、穏やかに相手の気持ちに添いながら…
「いや、お年の割にしっかりしていらっしゃる。とても75才には見えませんよ。ともかく血圧だけ測らせて頂いても良いですか?」
と、笑みを絶やさず診察のペースをつかみます。血圧が正常であれば、
「良いですね、とても立派な血圧ですよ。羨ましいくらいです」
と、少し持ち上げます。このあたりから、患者さんとの精神的な交流を深めて行きます。
「ついでですから、健康診断的な採血をしても良いですか?」
と、柔らかく聞いてみます。その間も季節や地震の話など、さりげない会話を挟みます。血圧が高ければ、心配そうな顔をして、やはり採血を進めます。採血が終われば、その日は帰って頂きます。数日後の早い時期に検査結果を聞きに来てもらいます。その検査結果の中で少しでも異常値が見つかれば、
「いや、コレステロールが高いですね」
とか言って、抗精神薬を混ぜてしまいます。もちろんご家族とは事前の打ち合わせをしながらです。後は診察の度に抗精神薬の調整をして行くだけです。幻覚や暴言がほぼ消失した所で少しずつ「脳トレ」を始めて行きます。あまり内輪のテクニックを披露しますと、後で私自身が困るのではないかと危惧したりする思いもありますが、まあこの程度の話は良いでしょう。そんな訳で医師と云う仕事もかなり大変なんです。
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診察室からコンニチハ(45)

途中から外来診療に来なくなる人たちが時々います。他の医療機関で診てもらっているのなら、それはそれで良いのですが…全く診療を拒否してしまう人もいます。特に高血圧の人など、まるで自覚症状がない場合は…。
「仕事が忙しい」
と云う理由で、2度ほど降圧剤を出した切りで後は2年以上も姿を見せなかった患者さんがいました。その人は40台半ばで一見健康そうな男性でしたが、血圧は190/110と、かなりの高目です。このぐらいの血圧になると「めまい」や「肩こり」を訴えたりするものですが、この男性には全く自覚症状と云うものがありませんでした。
それから2年後の紅葉の盛りも過ぎた頃、リハビリ目的で48才の男性が入院して来ました。右上下肢は完全麻痺で言葉も満足に出ませんでした。その男性は忙しさを理由に、2年以上も病院の診察を受けていなかった、あの高血圧症の男性でした。
私は慰める言葉もなく、変わり果てた彼の姿に人生の無常を感じるだけでした。
「忙しい」とは、
りつしんべんの「忄」で、こころを表します。それに「亡」くすで、「忙しい」となります。
つまり「忙しい」とは、こころを亡くしてしまったと、言い表せます。
正に、その男性を見ていると、そんな意味の言葉が私の頭に浮かんで来ました。
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診察室からコンニチハ(44)

ある休日に妻と二人で、近くのデパート脇の公園を歩いていました。すると車道の向こう側で3才ぐらいの男の子が大きな声で突然に泣き出す光景に出会(でくわ)したのです。
親らしい人影は何処にも見当たらず、数人の大人たちが子供の脇を黙って通り過ぎていました。誰も余計な事に関わりたくないかの様に…しかし私たち夫婦は、黙って見過ごす気持ちにはなれませんでした。自分の子供が迷子になったら…と云う思いが重なったからです。男の私が近寄って行けば、子供に妙な不安感を与えてしまうと案じた妻が、車道を渡って自分で子供のそばに近づいて行きました。私は遠目に交番も見えたので、そこに預かってもらうしかないと心密かに考えていました。
子供の脇に擦り寄った妻は、
「ママはどうしたの?」
と、優しく尋ねました。男の子は…
「パパがいないの!」
と、泣きじゃくりながら答えました。
「ママじゃなくパパなの?」
と、妻はさらに尋ねました。このぐらいの幼児であればママを探すのが…と、考えたようです。
その直後に50m以上は離れた駐車場から30才前後の女性が、ゆっくりと歩いて来ました。まるで他人事の様な顔で…妻は近づいて来た彼女に尋ねました。
「お母さんですか」と、
女性は面倒くさそうに、黙って頷きました。そして一言の挨拶もなく、そのまま子供を引き連れ駐車場の方に戻ってしまったのです。私たちは言葉もなく、その後を見送っていました。車道を渡って戻って来た妻に私は呆れ顔で…
「今の女(ひと)は何て非常識なんだ。お前に一言の礼もないじゃないか、全く!」
と、私は妻に八つ当たり的な言葉を投げつけました。
「そうね、世の中には色んな人がいるから」
そう言って妻は苦笑していました。
私はふと思いついて…
「もしかしたら、あの母親は躾けのつもりだったのかな?」
そんな疑問を口にしました。
「躾け!…未だ3才ぐらいなのよ。養育拒否じゃない。あんな育て方をすると子供がどんな大人になるか、考えるだけで怖いわ」
妻はそれだけを言って話題を変えました。
確かに今の時代は、「躾け」と「育児放棄」を混同している人たちが多くなっているかもしれない。
私の外来診療でも、高齢者の介護を避けている人の何と多い事か!…いや、そうじゃない。介護を避けている訳ではなく、家族が納得出来る医療が見えて来ないのだ。
夏から秋に移り行く雲の流れを、私はただ見ているしかなかった。
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診察室からコンニチハ(43)

日々の外来診察を通じて思う事は、医師と言えども所詮は人間で、患者さんとの間に言葉の軋轢(あつれき)を起こしてしまう事があります。
ある患者さんの例を出します。その患者さんに私としては出来る限り丁寧に相手を気づかいながら精一杯説明したつもりでしたが、理解してもらえませんでした。その方は50歳代後半で身長166cm、体重98kgの男性でした。糖尿病があって高血圧と高脂血症も合併し、かなりの薬を飲んでいます。典型的な成人病でした。。3~4ヶ月に1度の割で採血をさせて頂き、糖尿病やコレステロールの経過を見ていました。3年以上は外来診察をしていました。ある日、私は…
「もう少し体重を落とせると、血圧や血糖も安定すると思うのですが…」
と、軽く注意を促しました。すると、その患者さんは急に顔色を変えて…
「そんな事は分かっている!」
と、声を荒立て席を立ってしまいました。それきり、その患者さんは病院に来る事はありませでした。
肥満している事自体が、彼のコンプレックスになっていたのでしょう。
それを医師の私に指摘されたので、逆上してしまったのでしょうか?
自分でどうにもコントロールの効かない事を指摘される事ほど、傷つきやすいのかもしれません。極端に肥満の方の多くはメンタル・ケアからしなければならないのでしょうね。
その意味では私にも反省すべき点はあったと思います。
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診察室からコンニチハ(42)

秋の講演「年齢の壁」は、80名以上の参加者があって、なかなか盛況でした。病院スタッフは10名近くがサポートしてくれて、とても助かりました。受付けとか、会場の整理とかの下支えがあってこそ、私の拙い講演も成立するものだと改めて感謝の念を強くしました。
その感謝の思いとは別に、スタッフの多くが私の講演そのものには、外部の参加者ほどには関心を示していないのではないかとの奇妙な寂しさに襲われました。何でそんな気持ちになったのかと言えば、講演の後でスタッフの何人かに感想を聞いてみたのですが具体的なコメントはもらえませんでした。もちろん彼等の多くは私の講演を支える為の仕事が忙しく、ゆっくりと講演に耳を傾ける余裕はなかったのでしょう。
つまり、こんな思いは私の身勝手な我が儘である事に間違いはありません。それでも講演をする立場の人間と云うものは、常に誰彼構わず感想を求めているものなのです。
それでも後日の外来診察で、訪れる患者さん方に多くのお褒めの言葉を頂き大いに気を良くしたのですが。
結局、私はただの見栄っ張りなのかもしれません。
経済的な利益よりは、自己満足や自己主張を重んじる性格なのでしょうか。そんな性癖が、3年以上も認知症の公開質問を継続しているエネルギーになっているのかもしれないと、自己分析したりしています。自分では認知症患者さんや家族の方の為に少しでも役に立ちたいと云う思いが強く、その為に多くの時間を割いて公開質問を継続していたものと信じていたのですが、果たしてそんな綺麗事だけであろうかとの疑問が立ち込めて来たのは事実です。
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診察室からコンニチハ(41)

この数年、秋の講演が定例化しています。昨年は「認知症と看取り」で他の医師との合同講演、一昨年は「認知症」、その前年が「睡眠時無呼吸症候群」となっていました。さて、今回の課題は何にするか色々と思い悩んだ挙句、「年齢の壁」と云うタイトルが頭に浮かんで来ました。各年齢における健康問題、心理不安などを整理してみようと考えたのです。スタートは50才代の更年期障害から書き出し、60~65才代の定年退職問題、70才代から急上昇する健康不安、それ以降に発生しやすい配偶者との死別、後悔しない人生とは何か、幸福についての考察など、A4コピー用紙14枚にまとめ上げました。この原稿作りに夢中になっていて、何時しか新しい小説の構想は影を潜めてしまいました。そんな私を見て、妻は私の本来の仕事は医師としての大きな経験を活かして、それらを少しでも社会還元すべき事にあるのではないかと言ったのです。小説家になりたいと云う私の念願が分からない訳ではないが、私の社会的な使命とは違うかもしれないとも付け加えました。
確かに70才になった私の残された人生は、どの様に生きたら達成感のある生涯となり得るのか思い悩むばかりです。
孔子さまが論語で仰ったような
「我七十にして心の欲する所に従えど矩(のり)を踰(こ)えず」
とは、ほど遠い凡夫の迷いです。
次回に続く