診察室からコンニチハ(122)

☆1952年−クロルプロマジンに向精神作用が発見され、精神病院の「閉鎖病棟」が開放される大きな動機づけとなりました。
*クロルプロマジン(Chlorpromazine)は、フランスの海軍外科医、生化学者アンリ・ラボリ (Henri Laborit, 1914-1995) が1952年に発見した、フェノチアジン系の抗精神病薬です。精神安定剤としてはメジャートランキライザーに分類され、メチレンブルー同様、フェノチアジン系の化合物です。塩酸塩が医薬品として承認され利用されています。日本においてクロルプロマジンは劇薬に指定されており、商品名はコントミン、ウインタミンなどです。
1954年 - アイオワ大学のシャーマン・ブンケにより凍結精子で初の人工授精児誕生が成功しました。
☆1954年−*アリック・アイザックス(イギリス)や*長野 泰一らが*インターフェロンを発見しました。
*アリック・アイザックス(英: Alick Isaacs、1921年7月17日 - 1967年1月26日)はイギリスのウイルス学者で、スコットランド・グラスゴー生まれでした。彼はインターフェロンについての研究で最もよく知られていて、1964年から1967年までの間、国立医学研究所(National Institute for Medical Research)のインターフェロン研究所の所長でした。
彼は1966年に王立協会の会員に選ばれましたが、それは彼の死の少し前のことでした。
*長野 泰一(ながの やすいち、1906年6月22日 - 1998年2月9日)は日本のウイルス学者。東京大学教授。元日本ウイルス学会会長。三重県尾鷲市出身。
1954年、生体における抗ウイルス免疫の研究中にウイルス増殖を抑制するサイトカインであるインターフェロンを発見したのです。
*インターフェロン
「*サイトカイン」の一種。ウイルス,異種RNA,ある種の糖の侵入により動物細胞がつくる物質。あるウイルスに感染した細胞が他のウイルスの感染を阻止する干渉現象から長野泰一(1954年),A.アイザックス(1957年)らが発見。α,β,γ型の3種があります。細胞がこの物質を受け取ると,ウイルス核酸の遺伝情報が読まれずにウイルスの増殖が阻害されます。この性質を利用して,ウイルス病や癌の治療にインターフェロンを応用する研究が進められています。一つは直接インターフェロンを投与する方法で,他は誘起剤を投与し生体内にインターフェロンを産生させる方法です。前者はヒト細胞由来のものでなければならない点に,後者は一般的に副作用が強くて連続投与できない点に難点がありますが,近年はヒト白血球,ヒト胎児繊維芽細胞などを用いた量産法とともに,遺伝子工学を応用した量産により医薬品として用いられています。
「*サイトカイン」は、細胞から分泌される低分子のタンパク質で生理活性物質の総称で、細胞間相互作用に関与し周囲の細胞に影響を与えます。放出する細胞によって作用は変わりますが、詳細な働きはいまだ解明途上です。
☆1957年-ウィリアム・グレイ・ウォルター (William Grey Walter) が、脳波測定法 (toposcope) を開発しています。
次回に続く

診察室からコンニチハ(121)

話が長くなりました。医学史に戻ります。
☆1943年 - ガイ・ヘンリィ・ファジェットは*スルフォン剤のプロミンがハンセン病に有効なことを発表しました。その後、スルフォン剤の開発が進みました。
[*スルフォン剤]
サルファ剤に近縁で,SO2基をもつ薬剤をスルフォン剤sulfone drugという。スルフォン剤は1940年代に抗結核薬として開発されましたが、その後は催奇形性がある事が分かり、妊婦への使用は避けられています。
1949年 - ハロルド・リドリー (Harold Ridley) により、*眼内レンズの最初の移植が実施されました。
*眼内レンズ(がんないれんず)
intraocular lens
白内障により混濁した水晶体の摘出術後に代用として挿入する人工のレンズで略称IOLと呼ばれています。人工水晶体とも言います。水晶体摘出後、眼内レンズを挿入することにより光の屈折力を確保し視力を補正します。この方法では、より生理的状態に近い屈折力が得られる利点があります。眼内に直接埋め込まれ、虹彩(こうさい)の前に挿入する前房レンズと後方に挿入する後房レンズのほか、虹彩支持レンズなどがありますが、現在では後房レンズがおもに選択されています。水晶体は水晶体嚢(のう)とよばれる薄膜に包まれていますが、老人性白内障の手術において、水晶体嚢外摘出術などを行って水晶体嚢を残し、嚢内に後房レンズを移植する方法がよく用いられています。
☆1951年 - ジョージ・オットー・ゲイにより、ヒト由来の最初の細胞株である*HeLa細胞が培養されました。この細胞のドナーであるヘンリエッタ・ラックスさんは死亡しています。
*HeLa cells
ヒーラ細胞
ヘラ細胞とも言います。最も古くから知られた株細胞 (→組織培養 ) の一つで1951年にアメリカのジョンズ・ホプキンズ大学病院で G. O.ギーらによって、子宮頸部の癌患者から手術時に分離され、以来引続いて試験管内に培養されている癌細胞。ヒーラは患者の名に由来しています。継代培養が容易で,ウイルスの増殖に適しているので,この細胞を使って,ウイルスの生産,定量,分析,分離,抗体の分析などの研究が広く行われています。
☆1952年-ジョナス・ソークが、最初の小児麻痺(ポリオ)ワクチンを開発しました。
☆ペル・イングヴァール・ブローネマルクによって、チタンが骨と結合することが発見されました。
*スウェーデンのルンド大学医学部で1952年、ウサギの脛にチタン製の生体顕微鏡を取り付け微少循環の観察実験を行っていたところ、その器具を外そうとした際チタンと骨がくっつき外せなくなったことより、チタンと骨の組織が拒否反応を起こさず結合する現象であるオッセオインテグレーションを発見しました。その後ブローネマルクはヨーテボリ大学に移籍し、研究を続け1965年に現在主流となる世界初の純チタンによるデンタルインプラントシステムの臨床応用を開始しました。
次回に続く

診察室からコンニチハ(120)

海水から生態系に影響を与える薬剤は、抗ガン剤だけに留まっている訳ではありません。
・イギリス漁業協会の記念シンポジウムでの英国エクセター大学の魚類生理学者による講演で、
「河川に流入した避妊薬に含まれる成分が魚たちの性質や生殖本能に影響を与えていて、《魚の不妊化》と《オスの魚のメス化》が広範囲で起きており、そのために魚の総数が減っている」
と云う、報告もなされています。
具体的には、ヒトの避妊薬に含有される女性ホルモン「エストロゲン」を含む約 200種類の化学物質が海洋生物に影響を与えていることがわかったということで、それにより魚の個体数がイギリスにおいて著しく減少の兆しを見せているというものでした。
これらの《魚の不妊化》と《オスの魚のメス化》を引き起こしている物質が、どこから自然界の水の循環システムに流入しているのかというと、
・ヒトの排泄を通じて川から海へと流入し続けているのです。
ヒトが主に薬などとして服用する化学物質が、海の生物に影響を与える循環の仕組みは、
・現在の主要国のほとんどの下水処理は水洗システムなので、人間から排泄・排出されたものはほとんど自然の水の中に循環されるという事になります。
・ヒトの体内に入った薬、化学物質は、尿や便などからそのまま水中に入って、世界中の海に広がっていく結果となります。
・これを思った時、最初は「海水の量は多いから大丈夫なのでは?」とも考えたのですが、しかし具体的な数字は間違っているかもしれないので書きませんが、今の社会での「薬の全生産量」を考えますと、地球すべての海を汚染している可能性は否定できません。少なくとも、先ほどのイギリスの調査では、すでに各地で魚からそれらの化学物質が検出されています。
それが、世界の海のどのあたりまで広がっているのかは定かではないですが、ただ少なくとも、
「薬を大量に消費している国や地域の周辺海域はかなり強く汚染されている可能性が高い」
と言えるのではないかと思います。
世界で最も薬を多く消費している国のひとつは日本であり、あるいは、東アジアの各国であるわけですが、イギリスと同じ調査をすると、日本周辺の海の生物の状態は大変なことになっているのではないかと思われます。そして、漠然とした予測をすれば、エクセター大学の研究者たちの「現状と未来の予測」と同じことが多くの主要国周辺の海域で起きると思われます。
つまり、「魚類と海洋生物の著しい減少」です。
オスがメス化していっている上に、メスも不妊化しているのでは、種が増えていく道理がないのです。
もちろん、イギリスではすでに起きていても、日本でそれが起きているのかどうかは分かりません。
しかしイギリスの研究が正しければ、日本も同じだと思いますので、同じような「魚類の個体数の減少」が多く見られていくのではないでしょうか。
避妊薬の他に、「海に流出することでもっと悪い影響を海洋生物」に与えていると考えられるものに抗生物質があります。詳しく書かずとも抗生物質のように「微生物を殺す作用を持つ薬」が、「微生物で成り立っている自然界に流出」して「良い訳がない」ということは、何となくご理解いたただけるのではないでしょうか。
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診察室からコンニチハ(119)

このように、抗ガン剤治療というのは「ガン細胞の死滅と、健康な細胞の死滅の競争」という側面があるはずで、これがどちらに傾くかで結果が違ってくるのだと思われます。
私はここで「抗ガン剤治療をしてはいけない」ということを書いているのではありません。
抗ガン剤にはこういう事実がある、ということを知って、それでも積極的に選択するというのなら、それも一つの選択肢であると思います。
今の時代はおおむね2人に1人くらいはガンになると言われていますが、私自身は、もう少し時代が進んだ時には「ほぼ全員」が、一生のうちにはガンにかかると思っています。
その理由は、一言では難しいですが決して、食べ物がどうだとか化学薬品がどうだとか経皮毒がどうだとか、あるいは生活習慣やストレスがどうだとかの、そういう外部的環境の問題とはあまり関係ないです。そういうことではなく、私たちの世代は予想外の理由によって、ほぼ全員ガンになると思えてならないのです。
以前、月刊『文藝春秋』で、慶應義塾大学の近藤誠先生と対談された、ジャーナリストで膀胱ガンを煩っておられる立花隆氏が、
「抗ガン剤を投与された患者が体外に排泄するもの一切に抗ガン剤の毒が出る。患者のオシッコや大便にも出るから、看護する人は、排泄物が手についたら、すぐ洗い流さなければならない」
と述べ、さらには、
「抗ガン剤を投与した男性の精液にも毒が出る。だから、恋人の男性が抗ガン剤治療をしている時に、絶対に性的な行為をしてはいけない。まして、飲んだりしたら、とんでもないことになる。女性の体内に射精すると、毒が粘膜を経由して吸収される危険もある」
と語っておられました。さらに抗ガン剤の排出物は水洗トイレを通じて河川から、近隣の海水へと流し込まれ魚介類から生態系の全てに影響を与える危険性もあるのです。
(奥山隆三著『ガンはなぜ自然退縮するのか?』)
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診察室からコンニチハ(118)

☆1942年 - *マスタードガスの誘導体であるナイトロジェンマスタードが、悪性リンパ腫に有効であることが示され、*抗癌剤の第1号となりました。
*マスタードガス
化学兵器の一つで致死性があり、国際法で禁止されています。第1次世界大戦中、ドイツ軍がベルギーのイーペルで初めて使用したことから「イペリット」とも呼ばれ、旧日本軍が中国戦線で使ったことも明らかになっています。イラン・イラク戦争(1980~88)では、イラク軍がイラン側や自国のクルド人を攻撃するために使用しています。同時に使ったサリンガスなどとあわせ、イラン側だけで約5千人が死亡し、約4万5千人がいまも呼吸障害などの後遺症に苦しんでいると言われています。
【*抗ガン剤の起源は毒ガス】
抗ガン剤の研究開発は、世界の軍事情勢や政治情勢と複雑に絡んでいます。
そもそも抗ガン剤は1915年、第一次世界大戦中にドイツ軍が実際に使用したマスタードガスの研究から始まっています。
このガスは1886年、ドイツ人研究者ヴィクトル・マイヤーが農薬開発の過程でガスの合成に成功、しかし、その毒性があまりにも強いため中毒に陥り実験を中断しました。以後、ドイツ軍の手に渡ったと言われています。
マスタードガスは、皮膚以外にも、消化管や造血器に障害を起こすことが知られていました。この造血器に対する作用を応用し、マスタードガスの誘導体であるナイトロジェンマスタードは抗がん剤として使用され始めました。
ナイトロジェンマスタードの抗がん剤としての研究は第二次世界大戦中に米国で行われていました。
戦争から生まれたり改良されていった医薬品は多いのですが、ちょっと経緯は違うとはいえ、抗ガン剤も戦争の中で生まれたものでした。
その後も新しい抗ガン剤が次々と出てくるわけですが、基本的には作用として、この「最初の概念」が継承されています。
その「概念」というのは、いわゆる薬の作用機序のことで、その成分が先に述べたナイトロジェンマスタードですが、これは兵器としても医薬品としても次のようなものです。
【人体への作用】
マスタードガスは人体を構成する蛋白質や DNA に対して強く作用することが知られており、蛋白質や DNA の窒素と反応し、その構造を変性させたり、 遺伝子を傷つけたりすることで毒性を発揮しています。
このため、皮膚や粘膜などを冒すほか、細胞分裂の阻害を引き起こし、さらに発ガンに関連する遺伝子を傷つければガンを発症する恐れがあり、発ガン性を持つ事にもなります。また抗ガン剤と同様の作用機序であるため、造血器や腸粘膜にも影響が出やすいのです。
これが抗ガン剤として機能する部分は、細胞分裂の阻害を引き起こし、非常に早く増殖していくガン細胞の増殖を食い止めるという作用です。
これが仮にガン細胞に対してとても有効に作用するのだとすれば、同時に、やはり当然ではあるのですが、「全身すべての細胞をも攻撃してしまう」という作用もあります。これは副作用というより、抗ガン剤というものの作用そのものですので「副」ではなく本作用です。
抗ガン剤というものが「細胞分裂を食い止める」ために開発されたものですので、起きることが必然だとも言えます。
たとえば、抗ガン剤の治療中には必ず定期的に白血球の数値などを調べます。これが低すぎる場合は、普通は抗ガン剤治療は一時的に中止されるはずです。
白血球の数値が異常に低くなっているということは、「抗ガン剤が健康な細胞を殺しすぎている(細胞生成が阻害されすぎている)」ということをしているためです。それ以上続けておこなうと、正常な細胞への影響のほうが大きくなり危険だということになります。
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診察室からコンニチハ(117)

☆ここで「精神保健の歴史」を少し整理してみます。
19世紀後半に登場したドイツ大学精神医学では、当時の精神疾患の大半が進行性麻痺など、梅毒感染症で占められていた事情がありました。
☆1913年に、野口英世によって進行性麻痺患者から、梅毒の病原菌「スピロヘータ・パリーダ」の分離に成功し、進行麻痺は脳の梅毒であることが確定されました。
☆それを元に1917年~1919年、ヴァーグナー・ヤウレッグによる進行麻痺患者に対し、マラリア発熱療法が考案されました。ここから精神科の本格的なショック療法が始まります。
☆1933年、ポーランドのマンフレート・ザーケルが低血糖ショックを起こさせるインスリン・ショック療法で精神疾患の治療を試みましたが、死亡例が多く世の中に長くは受け入れられませんでした。
☆1937年にはハンガリーのラディスラス・J・メドゥナ(英語版)が薬物を用いて人工的にけいれん発作を作ることで統合失調症患者の治療に成功した 例を幾つか報告しました(カルジアゾール・ショック療法)。
☆当時、てんかん患者は統合失調症を合併しないと信じられており、これは「てんかん発作には精神病を予防・治療する効果があるのではないか」という着想のもとにカルジアゾール・ショック療法が行われたのでした。
☆この結果を受けて1938年、イタリアのウーゴ・ツェルレッティとルシオ・ビニは、電気を用いてけいれんを起こすことに成功しました。それまでのけいれん誘発剤による治療効果は高かったのですが、記憶障害やもうろう状態を引き起こすとして最初から賛否両論がありました。
☆開発者は電気でけいれんをおこすことに興味を抱いていましたが、人に使うには安全性を危惧していました。けいれんを起こすほど人間に電気を流すのは危険なものと考えていたからです。事実、実験に使った動物はしばしば死亡していました。その理由は電極を口と肛門に置いていたからであったと、言われています。それで電極の設置場所を頭の両側にしたところ、実験動物は死ななくなりました。その後、食肉工場へ行き豚が屠殺される前に同様にすると意識を失うことが観察されました。さらにイヌで実験を繰り返し、うつ病や統合失調症(旧精神分裂病)の患者に適用するために改良が重ねられて行きました。
☆最初の人間の実験台はローマ駅をうろついていた統合失調症の患者でした。この電気けいれん療法を11回行ったあと、患者はエンジニアとして職場に復帰出来ました。
☆その後、この療法は世界各地で行われ、1952年にフェノチアジン(クロルプロマジン)が開発され効果が発見されるまでは、精神疾患治療法の花形でありました。しかし、その後様々な抗精神病薬や抗うつ薬、気分安定薬などの開発により、使用される頻度は次第に減少していくこととなりました。
☆また一部の精神科病院では、指示に従わない患者に対して懲罰として「電気けいれん療法を行っていた」ことが明らかになり、人権蹂躙の社会問題として大きく取り上げられ、世間的な非難が大きくなりました。
☆ソビエト社会主義共和国連邦においては、共産主義に反対するものは、精神に異常をきたしているためにそれが理解できないので、統合失調症であるとしてソ連国家保安委員会(KGB)により、精神科病院に強制入院させられ治療と称して電気けいれん療法を実行されていました。実質的に、ソビエト共産党に反対するものへの弾圧、恐怖政治の手段として利用されていたのです。この様な事情もあって、電気ショック療法に対しては強い嫌悪感や反感を抱く人達が多くなりました。
☆現在の治療は、電気けいれん療法の安全性や即効性が見直されたことや、電気けいれん療法自体の改良が行われたことにより、再び精神科の治療において、重要な地位を占めるようになって来ました。
次回に続く

診察室からコンニチハ(116)

☆アメリカ精神医学会(APA)のECTガイドラインでは、精神病、躁せん妄、緊張病の伴う深刻な抑うつについて早期のECTを実施する明確なコンセンサスがあるとしています。APAの2009年ガイドラインでは予防段階でのECT使用を支持しています。
☆2003年の英国国立医療技術評価機構(NICE)のECTガイドラインでは、重症のうつ病、継続する重症の躁エピソード、緊張病のみに用いられるべき(英語: should only be used)だとしています。
☆2009年(英)のガイドラインは以下の通りです。成人の抑うつに対しては、急性期の深刻な抑うつであり、生命危機に迫った救急状況、もしくはその他の治療手法が失敗した場合に検討するとしています。標準的なうつ病に対しては、繰り返しECTを行ってはならないが、だが複数の薬物治療と心理療法に効果を示さない場合は検討出来るとしています。
NICE(英)は、再発性うつ病の予防のため長期のECTを行ってはならず、統合失調症の一般的管理にECTを用いてはならないと勧告しております。NICEの成人の抑うつ治療ガイドラインでも同じ立場です。
【ECT副作用】
2001年より、APAは永続的な逆行性(術前の)健忘症に関しての説明を含んだ同意書を強く推奨しています。混乱はよくあり問題を生じさせず、順行性(術後の)健忘症は数週間から数か月続くことがあり、自伝的な記憶に関する永続的な逆行性健忘は、1/3の人々に生じうる頻繁かつ重篤な副作用のひとつであるとしています。
また以下のような副作用も十分に考慮すべきです。
①心血管系の障害:筋はけいれんしなくても、通電直後数秒間に迷走神経を介した副交感神経系の興奮が生じ、徐脈や心拍停止、血圧の低下を生じることがあります。またカテコールアミン放出を伴う交感神経系の興奮が惹起され、頻脈や血圧上昇、不整脈などが起こることもあります。
②認知障害:通電直後に生じ、見当識障害、前向性健忘(以前の記憶はあるが、ECT後の出来事などが覚えられなくなる)や逆行性健忘(新しいことは覚えられるが、以前の記憶、特にECT施行直前の記憶がなくなっている)が見られることがあり、老人に頻度が高いと言われています。多くは時間とともに回復します。失見当識・前向性健忘は比較的短時間に回復し、逆行性健忘は回復が緩徐です。また、そのまま認知機能の低下が遷延するという例も少数だが報告されています。なおオウム真理教の修行の一つであるニューナルコはこの副作用を応用したものでした。
③躁転:時に多幸的・脱抑制・易刺激性を伴い、双極性障害患者において特に躁転する頻度が高いと言われています。
④頭痛:45%程度の患者が自覚するとされています。拍動を伴う前頭部痛を示す事が多く、電極配置や刺激強度などとは関連しません。
NICEは、妊娠女性、高齢者、若年者については、合併症リスクがより高い(英語: higher risk of complications)ため、注意深くECTを実施すべきだとしています。
【安全性】
死亡または重度障害の危険は、5万回に1回程度であり、出産に伴う危険よりもはるかに低いと報告されています。
アメリカ精神医学会タスクフォースレポートによれば、絶対的な医学的禁忌といったものも存在しないとされています。
ドイツのゲルト・フーバーによると、器質性の脳傷害と重傷の一般的な身体疾患(とりわけ心臓-循環器疾患)を禁忌としています。水野昭夫によれば、絶対的禁忌として頭蓋内圧亢進症を挙げております。
☆独シーメンス社が1960年に製造したECT装置で2001年には、年間およそ1000万人がECTを受けたと推測されています。
☆事前に処方薬の調整を行う。リチウムは脳内濃度が上昇する可能性があるので中止、抗てんかん薬はけいれんを生じにくくするので中止、ベンゾジアゼピン系薬物もけいれんを生じにくくさせるので減量、抗うつ薬は術中不整脈を起こす危険性を高める可能性があるので中止。なお抗精神病薬は原則として中止する必要はないとされています。
患者が短時間麻酔剤の注射により入眠すると、筋弛緩剤が注射され、約30秒~1分後に900mA、パルス幅0.25~1.5msecのパルス波電流を1~8秒間こめかみまたは前額部などに通電します。通電条件は、従来までは投与電気量を指定する以外は装置の内蔵プログラムに従っていましたが、最近では患者個々の生物物理学的な特性にあわせて設定を変更する試みもなされるようになって来ました。なお、一般にECTを繰り返し行うとけいれん波は生じにくくなり(しばしば「けいれん閾値が上昇した」と表現され)、投与電気量を多くしなければならないと考えられています。
少数の患者は6セッション以下でも治療に反応しますが、大部分の患者は6-12セッションの範囲である事が多いと言われています。頻度は週に2セッション実施される例が殆どです。
各セッションの終了後には、毎回必ず再アセスメントを実施すべきですが、副作用が発生した場合、または患者が治療離脱を申し出た場合には、ただちに治療を中止すべきです。
イギリスにおいて、ECTの6セッションに要する費用は、*2,475スターリング・ポンドです。(入院費用は含まない)
1ポンド=145円の計算で(145円×2475=358,875)ですので、約36万円となります。
次回に続く

診察室からコンニチハ(115)

1938年 - ウーゴ・チェルレッティとルチオ・ビーニ (Lucio Bini) が、精神病の*電気ショック療法を提唱しました。
*電気けいれん療法(でんきけいれんりょうほう、電気痙攣療法)は、頭部(両前頭葉上の皮膚)に電極をあてて通電することで人為的にけいれん発作を誘発する治療法です。ECT(英語: electroconvulsive therapy)、電撃療法(英語: electroshock theraphy: EST)、電気ショック療法(ES)とも言われています。
Electroconvulsive therapy
ECTには大きく分けて、四肢や体幹の筋にけいれんを実際に起こすもの(有けいれんECT)と、筋弛緩剤を用いて筋のけいれんを起こさせないもの(修正型ECT、無けいれんECT)に分類され、用いる電流も「サイン波」型と「パルス波」型に分類されています。
1938年、イタリア・ローマのウーゴ・チェルレッティとルシオ・ビニ(英語版)によって創始され、元は精神分裂病(現在の統合失調症)に対する特殊療法として考案されたものでした。日本では1939年(昭和14年)に、九州大学の安河内五郎と向笠広次によって創始されました。その後、他の疾患にも広く応用されて急速に普及し、精神科領域における特殊療法中、最も一般化した治療法ですが、作用機序は不明です。
多くの場合、ECTはインフォームド・コンセントを得たうえで、大うつ病・躁病・緊張病の治療手段として用いられています。
日本では、うつ病・躁うつ病・統合失調症などの精神障害(まれにパーキンソン病などにも)の治療に用いられています。
うつ病では、重症で自殺の危険が高く緊急を要する場合や、薬物療法を充分行っても症状が改善しない場合、薬物療法の副作用が強い場合などに適用されます。
また躁状態で興奮が強く緊急を要する場合などにもECTは使用されます。
統合失調症では、難治性の場合や、抑うつを伴い自殺の危険が強い場合、緊張型の昏迷状態などが適用となります。
パーキンソン病の場合は、気分症状と運動症状の両方にしばしば効果が認められます。薬物抵抗性がある場合、あるいは抗パーキンソン病薬が副作用により使えない場合など、疾患の末期に用いられるのが典型的です。
1961年当時の厚生省保険局通知「精神科の治療指針」によると適応症として『精神分裂病、躁うつ病、心因反応、反応性精神病。神経症、神経衰弱、麻薬中毒、覚せい剤中毒、酒精中毒性、精神病等』があげられています。
次回に続く