診察室からコンニチハ(43)

日々の外来診察を通じて思う事は、医師と言えども所詮は人間で、患者さんとの間に言葉の軋轢(あつれき)を起こしてしまう事があります。
ある患者さんの例を出します。その患者さんに私としては出来る限り丁寧に相手を気づかいながら精一杯説明したつもりでしたが、理解してもらえませんでした。その方は50歳代後半で身長166cm、体重98kgの男性でした。糖尿病があって高血圧と高脂血症も合併し、かなりの薬を飲んでいます。典型的な成人病でした。。3~4ヶ月に1度の割で採血をさせて頂き、糖尿病やコレステロールの経過を見ていました。3年以上は外来診察をしていました。ある日、私は…
「もう少し体重を落とせると、血圧や血糖も安定すると思うのですが…」
と、軽く注意を促しました。すると、その患者さんは急に顔色を変えて…
「そんな事は分かっている!」
と、声を荒立て席を立ってしまいました。それきり、その患者さんは病院に来る事はありませでした。
肥満している事自体が、彼のコンプレックスになっていたのでしょう。
それを医師の私に指摘されたので、逆上してしまったのでしょうか?
自分でどうにもコントロールの効かない事を指摘される事ほど、傷つきやすいのかもしれません。極端に肥満の方の多くはメンタル・ケアからしなければならないのでしょうね。
その意味では私にも反省すべき点はあったと思います。
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診察室からコンニチハ(42)

秋の講演「年齢の壁」は、80名以上の参加者があって、なかなか盛況でした。病院スタッフは10名近くがサポートしてくれて、とても助かりました。受付けとか、会場の整理とかの下支えがあってこそ、私の拙い講演も成立するものだと改めて感謝の念を強くしました。
その感謝の思いとは別に、スタッフの多くが私の講演そのものには、外部の参加者ほどには関心を示していないのではないかとの奇妙な寂しさに襲われました。何でそんな気持ちになったのかと言えば、講演の後でスタッフの何人かに感想を聞いてみたのですが具体的なコメントはもらえませんでした。もちろん彼等の多くは私の講演を支える為の仕事が忙しく、ゆっくりと講演に耳を傾ける余裕はなかったのでしょう。
つまり、こんな思いは私の身勝手な我が儘である事に間違いはありません。それでも講演をする立場の人間と云うものは、常に誰彼構わず感想を求めているものなのです。
それでも後日の外来診察で、訪れる患者さん方に多くのお褒めの言葉を頂き大いに気を良くしたのですが。
結局、私はただの見栄っ張りなのかもしれません。
経済的な利益よりは、自己満足や自己主張を重んじる性格なのでしょうか。そんな性癖が、3年以上も認知症の公開質問を継続しているエネルギーになっているのかもしれないと、自己分析したりしています。自分では認知症患者さんや家族の方の為に少しでも役に立ちたいと云う思いが強く、その為に多くの時間を割いて公開質問を継続していたものと信じていたのですが、果たしてそんな綺麗事だけであろうかとの疑問が立ち込めて来たのは事実です。
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診察室からコンニチハ(41)

この数年、秋の講演が定例化しています。昨年は「認知症と看取り」で他の医師との合同講演、一昨年は「認知症」、その前年が「睡眠時無呼吸症候群」となっていました。さて、今回の課題は何にするか色々と思い悩んだ挙句、「年齢の壁」と云うタイトルが頭に浮かんで来ました。各年齢における健康問題、心理不安などを整理してみようと考えたのです。スタートは50才代の更年期障害から書き出し、60~65才代の定年退職問題、70才代から急上昇する健康不安、それ以降に発生しやすい配偶者との死別、後悔しない人生とは何か、幸福についての考察など、A4コピー用紙14枚にまとめ上げました。この原稿作りに夢中になっていて、何時しか新しい小説の構想は影を潜めてしまいました。そんな私を見て、妻は私の本来の仕事は医師としての大きな経験を活かして、それらを少しでも社会還元すべき事にあるのではないかと言ったのです。小説家になりたいと云う私の念願が分からない訳ではないが、私の社会的な使命とは違うかもしれないとも付け加えました。
確かに70才になった私の残された人生は、どの様に生きたら達成感のある生涯となり得るのか思い悩むばかりです。
孔子さまが論語で仰ったような
「我七十にして心の欲する所に従えど矩(のり)を踰(こ)えず」
とは、ほど遠い凡夫の迷いです。
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診察室からコンニチハ(40)

夕方家に帰り、妻にS出版社川島さんから言われた事を説明する。妻は今更何よ、と云った顔つきで…
「それは、殆んど私が言っていた事と同じじゃない」
そう言って、幾らか勝ち誇った顔をしていた。そう言われると返す言葉はないが、専門の編集者に言われるのとでは、私の心に加わるショックの度合いが違う。妻も時々は新聞に投稿する事があるので、文章の書き方には自分なりの意見を持っている。それでも自分の妻に言われたぐらいでは、どうしても…
「素人のお前が何を…」
と言う思いが強くなる。しかし、今度は違う。大手S出版社の編集者からの手厳しい指摘だ。
妻は皮肉交じりの言い方をしながらも、私を慰めてくれた。
「そりゃ、プロの出版社は売れ筋を気にしての発言だし、こう云う軽佻浮薄な時代では、タイトルと内容の意外性が決め手なんだから、売れるとか、売れないとかではなく、あなた自身がそれでも自分の小説を書きたいかどうかに全てはかかっているんじゃない。一編集者の言葉にそこまで落ち込む事もないと思うわ」
そう励まされて、私も幾らか気を取り直した。それでも、これから先私は何をすれば良いのか?…少し思い悩んでしまう。「霜月の夕暮れ」を解体して全面的に書き直すか…ちょっとそんな意欲は湧いて来そうにない。それでは新しい小説を書き始めるか?…頭の中で幾らかの構想はあったが心は単純には決まらない。それ以上に切羽詰まった仕事もある。
1ヶ月後に迫った講演の原稿も満足には仕上がっていない。先ずは、この原稿を仕上げるのが重要だ。そんな訳で10日ほどは講演会の原稿作りに専念した。
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診察室からコンニチハ(39)

「さらに、ご無礼を承知で申し上げれば筆者の視点が常にずれているのですね。時に患者さんの視点だったり、医師の視点になったりと目まぐるしいのです。ある程度は視点を定めて、医師の見解を述べたいのであれば患者さんが医師から説明を受けた体裁を取るべきなのです。それにメインテーマが認知症であるなら、もっと認知症に関するエピソードを詳細に記述する必要があるのではないでしょうか?」
「そ、そうなんですね」
私は戸惑いながら溜め息まじりに答えた。
「もう少し、お話を続けても良いですか?」
川島さんは追い討ちをかける様に続けた。
「小説を書く上での筆力が足りないですね」
「筆力?」
私の怪訝な顔に、川島さんは…
「文章の表現力とでも言ったら分かりやすいですかね」
と、まるで駄目押しの様に付け加えた。結局は作家としての才能がまるで無いと言われたのと同じた。
返す言葉もなく、私はただ俯(うつむ)くだけだ。
「ともかく幾度でも書き直して下さい。納得の行く原稿が出来上がったら、また見せて下さい。それまで一年でも二年でも待ちますから…」
そう言って彼は、出されたお茶を飲み干した。
私は返す言葉もなく、うな垂れたまま…
「今日は、お忙しい中をわざわざお越し頂き有難うございます。私なりにもう一度頑張ってみます」
そう言って彼を送り出した。笑顔を取り繕っていたが、私の心の中は今にも泣き出しそうだった。彼が帰った後の私は、しばらく放心状態のまま何も手に付かなかった。
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診察室からコンニチハ(38)

待ちに待ったS出版社から電話が入ったのは、9月初旬で猛暑の夏は未だその勢いを少しも緩めてはいなかった。4日後の火曜に病院に訪問しても良いかとの確認だった。午後3時からなら都合がつくと私は答え、互いにのスケジュール調整が了解出来た。S出版社に出向くと言うのではなく、向こうから訪問して来るとの話に私の夢は大きく前進した。
そして火曜の午後3時、その少し前にS出版社の50歳代と思われる男性・川島(仮名)さんが院長室に入って来た。その手には私の小説「霜月の夕暮れ」が握られていた。かなり読み込まれたらしく、綴られたプリントは相当に傷んでいた。
川島さんは、先ず出されたお茶を少し飲んで話しを始めた。
「とても興味深く読ませていただきましたが、このままでは小説になりにくいと思います」
私は川島さんに詰め寄るように、
「文章が稚拙だからですか?」
と、尋ねてしまった。
「いや、それよりは小説の形態をなしていないのです。認知症とは何の関係もない話が随所に出て来ます。それぞれの話は面白いのですが、これは明らかに脱線しているとしか思えない個所が多すぎます。さらに雑誌記者の話が出てきますが、現実の雑誌記者の生活や収入はご存知ないでしょう?…いくらフィックションといっても余りに現実離れした設定では、この作家は随分と不勉強であると読書に見破られてしまうのです。そうなると、折角丁寧に書かれている認知症の部分にまで、読者の不信感が生まれてしまうのです。その意味では、ご自分の経験や専門知識に熟知した事を基盤にして筆を進めて行くべきなのです」
と、川島さんの批判はかなり厳しい。私は頭を下げて聴いているだけだ。そんな私の姿を見て、川島さんは幾らか遠慮ぎみな口調になった。それでも彼の舌鋒は衰えない。
「もう少し話を続けても良いですか、余り気にしないで下さいね」
私は素直に頷くしかなかった。
「宜しくお願いします。川島さんのお説は一々ごもっともだと思いますので、どの様な忠告も喜んで受け入れます」
そうは言ったものの、私はかなり傷ついていた。
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診察室からコンニチハ(37)

家に戻り、妻に今日のT女史との遣り取りを話す。妻の第一声は、
「800万円!…それって非常識な金額じゃない。結局は自費出版を甘い言葉で勧誘されただけじゃないの。それにしても800万円ってのは、法外な金額だわ。そんなドブに捨てる様なお金の使い方は、直ぐに断ってちょうだい。とても納得出来ないわ」
そう言うなり、妻はネットで幾つかの出版社に自費出版にかかる費用と販売に乗せる負担額を調べ出した。
その結果は300~400万円が販売経費も含めた値段だった。翌日、自分自身で大手のK出版社に電話をかけてみた。その値段だけで全国の書店に本を置いてくれると言う。それだけではない。自費出版の場合、販売価格の60%は私に返してくれると説明された。ただの一冊でも60%のバックは変わらないと言うのだ。つまり5千冊ぐらい売れると、400万円ぐらいの元は取れると言うのだ。M社の1万冊以上売れないと1円も私の手元には戻らないと言うのとは大違いである。驚き呆れるばかりだ。
私はその電話でK出版社に訪れる約束を取り付けた。
その翌日、妻の更なる忠告でまた別のS出版社に電話を入れてみた。値段はK出版社より、100万円は安い値段を呈示された。そればかりか、契約前に先ず原稿を送って欲しいと言われた。訪問の約束をしたK出版社は、契約時に半金の200万円が振込まれてから原稿をチェックしてくれると言う。先ずは契約ありきの姿勢であった。私はこのS出版社の経営姿勢に熱く感動した。両方の出版社とも、日本では甲乙つけがたい大手である。しかし、経営姿勢はこんなにも違うのだ。直ぐにS出版社に原稿を送って、K出版社への訪問をキャンセルしたのは言うまでもない。原稿を送って2日後にS出版社から丁寧なハガキが届いた。原稿は拝受しました。2週間ほどのお時間を頂いて返事を下さると書かれてあった。その1枚のハガキだけで、私は天にも昇る心地だった。もう天下のS出版社から、すっかり自分の小説を出した気分になっていたのである。
次回に続く

診察室からコンニチハ(36)

2日後の金曜、午前中の外来診療はいつも通りの忙しさであったが私の心は落ち着かなかった。昼食も殆ど喉を通らなかった。約束の午後2時にT女史から、少し遅れるとの電話が入った。幾らか拍子抜けしたが、それでも大きな期待感が萎(しぼ)んだ訳ではない。午後2時15分になって彼女はやって来た。やや恐縮の態で、先ず遅刻の謝罪をした。
私はそんな彼女の謝罪を意に介する様子は見せず、笑顔で院長室に招き入れた。先ずは名刺交換をして、夫々が応接セットのソファに座った。彼女の方から話が始まった。その脇には私の小説をプリントアウトした「霜月の夕暮れ」が置かれていた。
そのプリントの束を目にして私は、T女史の本気度を自覚した。そして彼女は滔々(とうとう)と語り出した。
「ネット上で先生のブログに出会い『霜月の夕暮れ』を読ませてもらい、とても感動しました。その感動を多くの人にも知って欲しいので、それには是非ともこの小説を出版させたいのです。先ず初版は3千部から手がけ日本中の大きな書店に置き、後は売れ行きの度合いを見て重版する方針です」
との説明は、私にとっては願ってもない話であった。
「しかし、このままで小説は通用するのですか。手直しの必要はないのでしょうか?」
私の稚拙な文章が、そのまま小説として通用するとは思えなかった。そこまで自惚れが強くもなかった。
「はい、私どもはどの様にしたら売れる小説になるのか、先生とゆっくり協議を重ねながら良い作品を世に送り出したいと望んでいます。その為には、先生の意図を十分に尊重しながら文章のリライトは幾度かして行くつもりです。ですから小説完成には1年以上のお時間を頂きます」
そんなに時間がかかるのかと、胸の内で思ったが言葉には出さなかった。さらに彼女は話を続けた。
「それで、先生のご理解が得られますなら早い時期にご契約を頂きたいのでが…」
「分かりました。契約内容はどんな内容でしょうか?」
「今の予定では、ご説明しました様に先ずは3千部を出版して、ご希望であれば1割の300部を先生のお手元にお渡しします。その辺りはご希望にお任せしますが、それらにかかる費用として800万円ほどをお願いしたいのですが…」
「800万円ですか?」
私の驚いた疑問に、
「でも、この本により病院の宣伝効果は大きいと思うのですが…」
T女史は、取って付けた説明をした。
「それで私の元には印税とかの見返りは、どうなっているでしょうか?」
T女史は怪訝(けげん)な面持ちになって、
「印税ですか、それは少し難しいかもしれませんね。1万部以上売れたら幾らかの印税はお支払い出来るかもしれませが、1万部売れると云うのは並大抵の事ではありませんから」
との、話であった。
もしかしたら騙されているのでは?
そんな疑問が頭の片隅に浮んだが、彼女の熱い視線に射られ自分の質問が非常識なものの様な気にさせられてしまった。結局4~5日で契約書類を纏(まと)め上げるから、来週中には署名捺印をして欲しいと言われ、その日の話は終えた。
次回に続く