診察室からコンニチハ(63)

人工知能AI (artificial intelligence)はどこまで進化するのでしょうか?
私たち人間は、他の動物に比べ(もちろんコンピュータに比べ)、「社会性」という能力が非常に発達していると言われています。そして、この「社会性」を支えているのが、人間の脳において特に肥大化が見られる、「理性」を司るとされる「大脳新皮質」だと言われているのです。深層学習を中心とする学習アルゴリズムの開発により、人工知能は、画像から物体を高精度で認識することができるようになったと言われています。しかし、それは、既に記憶した物体に対してのみであり、記憶していない物体に対しては無力なのです。例えば、人間であれば、例え「馬」という動物を見たことがなくても、馬の写真を見れば「何か動物がいる」ということくらいは理解できます。しかしながら、人工知能にとっては、学習していない物体というものは情報とは言えずノイズでしかないのです。
では人間の脳は、どのような構造になっているのでしょうか。
人間の脳の構造を簡単に理解するために、米国の神経科学者ポール・D・マクリーンが提唱する「三位一体の脳仮説」というものを紹介します。この仮説によりますと、人間の脳は、進化的に最も古い反射脳(延髄・脳幹)、次に古い情動脳(大脳辺縁系)、最も新しい理性脳(大脳新皮質)に分類されます。この中で古い部分である、反射脳と情動脳は、合わせて「生存脳」と呼ばれ、生命の生存にとってはなくてはならない器官とされています。生存にとっては、外界からの刺激に対する何らかの反射(反応)と、情動(感性)による外界からの刺激の認識が欠かせないのです。つまり、外界からの刺激を受けて感性を研ぎ澄ませないと、生存本能すらも危うくなると解釈できるのです。
加えて、最も新しい理性脳(大脳新皮質)は「社会脳」とも呼ばれており、外界と自己との関係を表現することで、豊かな社会性を作り出しています。例えば、社会脳において「運動」を司る部位である運動野において「ミラーニューロン」というものが見つかっています。
これは、例えば、自分が手を動かす場合に反応するニューロン(神経細胞)が、他人が手を動かしているのを見ただけで反応する、という現象なのです。すなわち、自分の行動と、他人の行動が同じこと(或いは違うこと)と認識することによって、他人への共感や、自己と他人とを区別していると考えられるています。
そしてこの「社会脳」は「生存脳」とも強くリンクしていることが知られています。すなわち、外界からの刺激を受けて、感性を研ぎ澄ませることなしには、生存本能はおろか、社会性すら維持できなくなるということなのです。
このように、理性を司るとされる大脳新皮質は、生存脳とリンクすることで、豊かな社会性を作り出しています。
このように考えると、人工知能の進展は「社会性」という性質とは無縁のようにも感じられます。しかし、掃除ロボット「ルンバ」に代表されるように、「ぶつかったら避ける」などの単純な「反射」の機能を備えた人工知能は、人間の脳のうちの「生存脳」の原始的なものと言えるかもしれません。
確かに、「ルンバ」を見ていると、どことなく、頼りない動きをするペットを見ているような感覚を覚えます。この仕組みをさらに発展させたものであるとも解釈できる四足歩行ロボット「ビックドック」などは、それ以上に生き物を見ているような感覚を覚え、今にもこちらを見て襲ってくるのではないかという錯覚すら覚えてしまいます(実際は、四足歩行ロボットはものを見ているわけではなく、動く意思を持っているわけではないので、命令した方向以外には進まないのですが)。
以上のように、人工知能は、人間の理性が作り出す「社会性」に関し、まだまだ不十分とは言え、ようやく足を踏み出したと言えるのかもしれません。
さらに感情面までを考慮に入れますと、人工知能がどこまで人間の知能に迫れるかは未だ多くの疑問が残ります。
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「お知らせ」緑協和病院の年末年始は12月30日から1月3日までが休診体制です。なお救急患者さんは受け入れます。

診察室からコンニチハ(62)

産業医と云う仕事を、ご存知ですか?
それは企業と契約し、従業員が健康かつ快適に働けるよう指導・助言を行う医師のことです。労働安全衛生法により、50人以上の従業員が常駐する事業場では、産業保健や労働衛生などの専門的知識に通じた産業医を選任し、従業員の健康管理などにあたらせることが義務付けられています。産業医は、労働者の健康確保のために何らかの措置が必要と認める場合、事業者に対しその措置の実施を勧告することができ、事業者は産業医の勧告を尊重しなければなりません。
と云うのが建前ですが、殆どは「うつ病」を中心とした精神面の健康管理やカウンセリングが主な仕事です。
では、現実に職場での「うつ病」の発生率はどのくらいでしょうか?
2014年ルンドベック・ジャパンでの調査結果によると日本では10%となっています。同調査によるとルンドベック社が世界16カ国(日本・英国・オーストラリア・南アフリカ・トルコ・米国・スペイン・カナダ・フランス・デンマーク・ドイツ・ブラジル・メキシコ・イタリア・韓国・中国)にて、オンラインパネルを使用して実施したものです。
各国、過去12カ月において従業員もしくは管理職であった16~64歳の成人・約1万6,000人(16カ国合計)を対象としています。
そのデータによりますと、英国で27%、オーストラリア・南アフリカが26%、トルコ・米国23%、スペイン・カナダ21%、フランス・デンマーク・ドイツ・ブラジル19%、メキシコ15%、イタリア12%、日本10%、韓国7%、中国6%の調査結果でした。
多くの方にとっては、少し驚くような数字に見えるのではないでしょうか。世界各国では、これ程「うつ病」に悩んでいる人たちがいるのです。まさに「うつ病」の時代といっても過言ではないでしょう。
何故こんなにも「うつ病」の患者さんが増えいるのでしょうか?
私たち人間の精神構造、特に感情問題は1万年近く全く変化していないと言われています。古代エジプトから現在までが約5千年ですから、少なくてもその倍になります。しかし、その間の人類の外的環境は劇的な変化を遂げています。文明・文化の進化は驚異的なものがあります。
交通手段、コミュニケーション手段、ツールは石斧から原子力までと圧倒的な進歩です。
この飛躍的な変化に人間の精神構造が追いついて行けないと云う考えが一部にあります。
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診察室からコンニチハ(61)

若者の転職率が増大しています。特に低学歴では顕著です。3年以内の離職率が中学卒では65%前後で、高校卒では40%前後、短大卒でも40%前後です。大学卒では31%ぐらいです。
この30年間の推移として大きな変化はありませんが、基本的にはバブル崩壊後の時代背景です。
低学歴では若者の就職年齢が低く、将来に確たる目的も持ち得ず社会に出て行っていますので、迷いも多いのでしょう。15~18歳と云う年齢では未だ社会の何たるかも十分に理解は出来ていないのでしょうか。高校卒と短大卒での早期離職は20%も低下し40%前後となっています。
この18~20歳代の年齢は少年少女から大人になる過程です。将来に対する考え方も少し固まって来ます。そして大学卒となって行くのですが、この年代になりますと自分の将来に対する考え方はそれなりに定まっているはずですが、それにしては早期離職率が30%と云うのは幾らか高い気がします。
それでは何が彼等を早期離職へと駆り立てるのでしょうか?
職場の人間関係も大きいでしょうが、それ以上に新入社員の教育制 度も問題になっているようです。古い体質の社会では、「仕事は他人の技術を盗んで覚えるもの」との感覚が根強かったのですが、現在の学校教育では一連のカリキュラムに従った受け身の授業が一般化していますので、自ら積極的に技術を自己のものにすると云う意志は湧きにくいのかもしれません。さらにネット社会の普及で余りに多くの情報が氾濫し、職種にしても多彩な選択が用意され戸惑いが生じやすいのかもしれません。迷いが生じやすく、自分が将来このまま会社にいて魅力的な人材になれるかとの不安が付きまとって離れないのでしょう。
さらにバブル崩壊後、日本固有の「終身雇用制度」が崩れてしまい、世界的にも弱肉強食のグローバル化が突き進んでいます。その結果として、中小企業の倒産が相次ぎ大手企業の独占化が進んでいます。大手企業でも生き残りをかけて、リストラの嵐は時に季節風の様に吹きまくります。この様な環境変化の中では従来の様な職場人間になる様にと、若者だけを責めても仕方がないのです。こうして大手企業内でも、確実に「うつ病」を中心とする精神疾患が増えているのです。
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診察室からコンニチハ(60)

ホームレスの人たちに暴行を加える少年や大人さらには警察官までがニュースで紹介される事が度々あります。
先日、「一日中ぶらぶら寝ていて、自分たち社会人が毎日こんなにも忙しく働いているのに腹が立つ」
と言って暴行を加えたサラリーマンのニュースに接して、少し驚かされました。ホームレスの人たちは、そんなサラリーマンの人が思うほどに楽な生活をしているのでしょうか。
住む家もなく、路上での生活がどれほど過酷なものであるか私も含めて一般の人には分かりにくいと思います。リストラなどで失業に追い込まれた人、何らかの精神障害を抱えている人、それ以外にも多くの理由でホームレスの生活になってしまったのだと思うのですが。中には認知症患者さんもいるに違いないと考えたりしています。
日本社会の景気が回復するに従い、ホームレスの人たちは確実に減少していますので、やはり経済的な事情が一番大きかったのでしょうか。
この10年余りのホームレスの推移を参考にして下さい。
 平成15年(20,661名)
 平成19年(25,296名)
 平成24年(10,890名)
 平成29年( 6,235名)
一方で生活保護受給者数は確実に増加しています。2000年に100万人を超え、2018年現在は200万人に達しているとのデータがあります。
この中で高齢者割合が52.9%であると報告されています。さらに不正受給率は0.45%と言われています。
この不正受給率を大げさに書き立て、マスメディアが貧窮者をバッシングする報道が時に見られます。
入院患者さんや外来でも生活保護受給者は一定の割合で存在しています。かつては弱者救済の立場から生活保護受給者への医療行為には、十分な手当をする様にと指導されていました。しかし、昨今では生活保護受給者を中心にジェネリック薬を使う様に厚労省から指示されています。もちろん一般の患者さん方にもジェネリック薬を推奨されてはいますが…。
でも私には何か弱者を差別化している様に思えてならないのです。私の勝手な解釈かもしれません。ともかく日本全体が精神的に余裕のない社会になっているのでは…
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診察室からコンニチハ(59)

内科医の私が精神科領域の患者さんを診る様になってから、精神科医との話し合いも多くなっています。話し合いと云うよりは教えを請う事が沢山あるのです。如何に副作用が気になるからと言って、専門医が処方したメンタルケアの薬を勝手に中止する訳にも行きません。
電話だけで済ませる事もありますが、直接に病院やクリニックに伺ったりする事もあります。その際に感じる事は、以前に比べ精神科に受診する患者さんが確実に増えている事実です。特に「うつ病」の患者の増加が社会的にも注目されています。
それは何故でしょうか?
世界的にグローバル化と情報化が加速する中で、多くの人々が社会的適応に困難を極めているのです。環境変化の激しさに、私たちの精神構造が付いて行けないのでしょうか?
それ以外にも、発達障害児は20年間で7倍にも増大していると云う驚くべき統計があります。これら子供たちの問題は圧倒的に環境問題が原因であるとの見解が根強いです。食料、農薬を中心とする食の汚染、水、空気それ以外にも想像以上に人体に悪影響を与える要因があるのかもしれません。少子高齢化が加速する現在社会で出生率が極端に低下しているにもかかわらず、発達障害児の絶対数は飛躍的に増えている事実に唖然とするしかありません。
日本人の平均寿命は世界でもトップクラスに伸びていますのに、この逆説的なデータを私たちはどう受け止めたら良いのでしょうか?
認知症の問題は、超高齢社会に伴う必然的な現象と考えられなくもないのですが、子供たちの問題はもっと深刻な感じがします。何故なら私たちの未来に大きな不安を抱かせる要因になってしまうからです。
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診察室からコンニチハ(58)

私の外来には認知症ばかりでなく、うつ病などの精神疾患も少しずつ増えています。門外漢の私が、そんな所にまで手を広げて良いのかと疑問を抱くことが多々あります。しかし、私の基本姿勢は抗精神病薬を巧妙に調整する事ではなく、内科医として薬の副作用に大きな関心を示しています。副作用により内科的なトラブルを経験する事が多いからです。その為に抗精神病薬を少しでも減量する為にとカウンセリングにも幾らか力を注いでいます。それ以外にも精神科医では見落としてしまう様な事を、内科医の立場から検討しています。例えば、うつ病の患者さんに関しての臨床所見として内科医の立場から診ると、著明なレイノー現象(冷気に触れたときや精神的に緊張したときに、手足の指先の小動脈が収縮して、血流が一時的に悪化する状態)があります。夏場でも上肢のみならず下肢までが冷たいのです。
ある50代の男性ですが、右足趾1番目に疼痛のを抱えておられました。私は両足の靴下を脱いで頂き、両足の足背動脈の血管緊張と深部知覚の障害程度を診させてもらいました。両足とも氷の様に冷たく感じましたが、足背動脈の血管緊張は良好でした。深部知覚は右足趾でやや障害されていました。私は血流を改善する目的で抗血小板薬を少量出して、湯船でゆっくり両下肢を温める様に助言しました。
2週間後に再受診して来た彼は、右足趾の疼痛が軽減した事を嬉しそうに報告して来ました。それ以後は、抗血小板薬を軽減して、寝る時も毛糸の暖かい靴下を履く事と、両足のこまめな清拭により水虫の合併を防ぐ事を指示しました。
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診察室からコンニチハ(57)

今回は「嚥下障害」について考えてみましょう。種々のリハビリでも一番遅れている分野といっても過言ではないでしょう。専門医の記述が著しく少ないのも、この分野です。何故かと言えば、彼らの多くは中枢性でしか「嚥下」の問題を捉えていないからです。
もっと末梢的に口輪筋を鍛えたり、顎関節の活動性を向上させる事により「嚥下障害」が改善するのではないかと、何故か考えてはいないのです。
さらに老人性うつ病やレビー小体型認知症に伴う「うつ症状」から発生する食思不振にはオランザピンのような非定型抗精神病薬やセルトラリンみたいな抗うつ薬の使用も思った以上に効果のみられる事も多いのですが、一部の精神科医でしか使用されていない様です。
また余り知られていない事実ですが、シチコリン製剤の点滴静注が予想以上に食欲改善に効果を上げています。神経内科医の多くは否定的というよりは関心さえ示していません。シチコリン製剤は1974年に発売承認された、かなり古い薬剤で「今更の薬」という意識が多くの医師の頭の中には根ざしているのかもしれません。しかし、どんな古い薬剤でも効果のあるものはあるのですが…私の病院では入院患者さんの75%に明らかな食欲亢進作用を認めていますのに。
次に「嚥下障害」の予防もしくは、リハビリについてご説明しましょう。これは知り合いの言語訓練師から学んだ事が大半です。この女性は日本の医学教育から学んだのではなく、海外で「言語訓練の基本は下顎や舌筋を鍛える事にある」との、指導を受けたらしいのです。
「あ」~「ん」を10数回繰り返すだけでも、嚥下機能の訓練にはかなり効果的である事が、日常の外来診療を通じて多くの体験が得られています。
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診察室からコンニチハ(56)

次は嗅覚障害についてのお話です。昨今ではアルツハイマー型認知症発症の3年ぐらい前から、嗅覚障害が発生している可能性があると指摘する医学者が多くなっています。
日本の認知症患者に最も多いアルツハイマー型認知症の症状は記憶障害から始まるといわれてきました。脳の中の記憶をつかさどる海馬という部位が萎縮することにより記憶障害が起きるのですが、それより前に、鼻の奥にある嗅神経(きゅうしんけい)の細胞がダメージを受けることがわかってきたのです。
嗅神経は鼻から吸い込んだにおいの粒子を電気信号に変えて脳に送る働きをしているため、嗅神経がダメージを受けると、においが感じられなくなります。このことから、においに鈍感になったら、アルツハイマー型認知症の初期症状が疑われるのです。最近では、においの認識により認知症を早期発見する検査方法などの開発も進められています。
アルツハイマー型認知症では、嗅神経の障害を起こしたあと徐々に記憶障害を起こすようになっていきます。しかし、早い段階で対策をすれば、嗅神経を回復させ、認知機能も改善させることも可能です。
私の外来では、小さな薬壷に醤油、ソース、コーヒー、ニンニク、ワサビなどを少量ずつ分け入れて、患者さん方には目を閉じて頂き、私の手で薬壷の一つ一つをその鼻先に運んで行きます。通常の会話は成り立っても認知症の方は、5種類の薬壷に入った匂いの素の一つも当てる事が出来ません。匂いの種類を当てられないと云うより、匂いそのものに感覚が極めて鈍感です。一方若く健康的な方ですと、匂い刺激に極度の反応を示す人が多いのです。
「気持ちが悪い」
「吐き気を催す」
などの発言をする人さえいます。
つまり嗅覚障害も、年齢と共に少しずつ障害が始まっている、と考えた方が良いのかもしれません。
次回に続く