潮騒は聞こえず(4)

貞雄は元々が腕の良い大工であった。ただ酒好きで時々は仕事を休む事もあった。棟梁の腕前は持ちながらも他人を束ねる事が苦手で少々喧嘩早いのも災いして実力以上の評価がなされなかった。それでも引き受けた仕事の評判は良く、大工仕事の依頼もかなり多かった。清吉の母、富江は実の親から受け継いだ今の食堂をやって、夫の当てにならない生活費の支えにしていた。紀子が嫁ぐ前の話である。彼女が嫁いでからも1年ぐらいは息子と嫁の3人でその食堂をやっていた。「良い嫁が来てくれた」と、富江も喜んでいた。紀子も彼女を実の母の様に慕っていた。しかし途中から富江が「疲れた」を連発する日が多くなり、仕事に出て来ずよく自分の寝室で横になっていた。清吉が幾度ともなく「お母さん、一度病院に行ってみたら」と言ったりはしていたが、「な~に、3,4日も寝ていれば治るよ」と言っては息子の話に耳をかさなかった。食堂の仕事は何時しか紀子と清吉の専属となってしまった。それから10日たっても富江の体調は少しも軽快しない。さすがに清吉は気になって近所の木村医師の往診を頼んだ。医師は富江を診るなり「これは貧血がひどい。直ぐに入院させて輸血をしなければ大変だ」と言い出し、さすがの富江も渋々入院する事となった。近くの総合病院に入院となり、輸血をしながら貧血の原因を調べた結果、子宮癌が発見された。ほとんど末期症状だった。恐らく富江の身体はかなり前から少しずつ子宮癌に蝕まれていたのだろう。直ぐに子宮摘出術と抗癌剤投与が実施されたが肺炎の合併で入院後、間も無く帰らぬ人となってしまった。しかし、そんな自分の妻の体の事情にはまるで関心なく、貞雄の飲酒量は少しずつ増える一方で近所の誰もが彼に大工の仕事を頼まなくなってしまった。
明日に続く

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