潮騒は聞こえず(5)

その頃の義父はほとんどアル中とも言うべき状況で、隣近所でも小さな諍いが絶えなかった。自分の妻が病気で苦しんでいる時も見舞いに行ったのは一度きりで、たまたま見舞いに来ていたご近所の八百屋のおかみさんの前で「だいたい病気なんてのは甘えた根性の人間がなるもんだ」と言ったとか何とか、怒りに震えたそのおかみさんが近所中に言い振らしていた。「あれが散々に苦労をかけた自分の女房に言うべき言葉かい。人間以下だね、富江さんが余りにも可愛そうだよ。私が男だったら一発殴り飛ばしていたね」と盛んに息巻いていたと、八百屋へ買物に行ったご近所の人たちは誰彼かまわず聞かされたようである。葬式の日も朝から飲んでいてご焼香の人たちの前でも半分は二日酔いで眠りこけていたとか、義父の悪い噂は数限りなくあった。清吉は子供の頃からそんな父親の折檻を受け続けて育てられて来たせいか、父親に何か口答えをすると言う習性は悲しい程に持ち合わせてはいなかった。貞雄は戦前、満州の関東軍にいて鬼軍曹その者で、吉沢と言えば喧嘩早く、上官と言えども一目置く存在だったと、酔っぱらう度に本人が自慢して周りの人たちによく語っていたそうである。
明日に続く
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