潮騒は聞こえず(6)

父親に余りに従順な自分の夫に、紀子も時には何とも言えぬ歯痒さを覚えたが、亡くなった富江も夫の貞雄と諍いを起こすタイプではなく昔気質の貞淑な妻だった。貞雄も40~50才代の働き盛りの頃はよく仕事にも精を出し、たまには貰った給金の中から女房に簪の一本も買って来た事もあった。それが58才の年に大工仕事中、屋根裏から足を踏み外し大怪我をして1ヶ月半程の入院生活を送る事になってしまった。退院後は1カ月ぐらい家でぶらぶらしていたが少しづつ頼まれ仕事も出て来て、元来が仕事好きの貞雄なのでまた大工仕事に戻る様になって行った。しかし大怪我以来、根気のいる仕事に体がついて行けなくなっていた。ものの1、2時間で膝や腰が痛くなって来る。生まれつき負けん気の強い貞雄にとってはそんな情け無い体の自分に自分で腹を立てていた。それでも小さな修理的な仕事はそれなりに熟していた。しかしそんな手間賃ぐらいの仕事では生活費の足しにもならないし、第一彼の大工職人としてのプライドがボロボロになって行った。
明日に続く

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