潮騒は聞こえず(7)

そんな貞雄が、元来好きだったアルコールに日々のめり込んでいったのは当然過ぎる結果とも言えた。職人としてそれなりの仕事を熟していた時代は如何に酒好きの貞雄とは言え昼間から酒を口にする事は決してなかった。満足な仕事の後に調子づいて飲み過ぎる事は良くあったが。そんな貞雄が昼間から酒に手を出す様になってからは誰も彼に仕事を頼まなくなっていた。手間賃の仕事さえなくなって来た。そして貞雄の心は益々荒れて行った。世の中の何もかもが嫌になっていた。隣近所は元より家の者さえ彼を避ける様になって行った。紀子が清吉の許に嫁いで来た時、貞雄が57才、富江が55才であった。貞雄が大怪我をする2年前で、大工仕事にも身の入っていた時代である。少々酒飲みではあるが近所では腕の良い大工職人で通っていた。実の父を早くに病気で亡くしていた紀子は、一人娘の母子家庭であった。そんな母子家庭の二人には夫は腕の良い大工職人で、その妻は生真面目な息子と二人で他に店員も使いながら、それなりの食堂経営をしている家庭は理想の嫁入り先に見えた。仲人の話に母子は一にも二にもなく飛びついた。
明日に続く
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