潮騒は聞こえず(12)

身も心も疲れ果てた道子は、いっそこのまま紀子共々に夫の後を追いかけようかと幾度ともなく考えた。病身とはいえ未だ若い夫だ、結核だからと言って皆んなが皆んな死んでいる訳ではない。休養と滋養の与え方では助かっている人だって幾人もいると、いつも煎じ薬をもらいに行く町医者に励まされつつ道子は頑張って来たのだ。ワラにもすがる思いで夫の回復を信じようとしていた。画家を志していた夫との結婚に大反対だった道子の両親も、広島の原爆で散り散りになり今やその生死さえ分からない。道子たち夫婦は浅草に住んでいたので、原爆の被害に合わずにはすんだのだが。しかし、それが何になると言うのだ。原爆で死のうと3才の幼子とこのまま餓死してしまうのと何がどう違うと言うのか。長屋のおかみさん達の好意にはお礼の言葉もないが。そう思いつつ、寝床から起きだした道子は以前からの通い女中の仕事に戻って行った。そう何時迄も人の好意に甘えてばかりもいられなかった。給金こそ安いが子連れで仕事をさせて貰え、母子共々飯まで食べさせてもらえる事が魅力的だった。米問屋の主人は以前から道子に好意以上の何かを感じている様だった。夫の葬儀があったとは言え、それ以上に長く続いた休暇にも文句一つ言わなかった。そして数ヶ月後には通い女中から住みこみ女中に変えてもらった。昼間だけとはいえ、3才の紀子と離れて生活する事に忍び難さを覚えたからだ。
明日に続く
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