深い哀しみの奇異現象

Marutanさんへの回答(5)
哀しみが幾重にも潜在し自己否定(他人が自分を認めてくれない)と自己肯定(誰だって自分を本当は認めたい)が、積み重なると人は奇妙な行為を起こしてしまう事があります。パニック症状に襲われながらも笑いながら「大丈夫」を連発してしまう貴方のその症状です。それは深い人間不信に根ざしている事が多いのです。余りに長い月日、誰にも愛されず(言い過ぎだったら許して下さい)そして信じて貰えず、海猫と潮の音だけが頼りの生活が続いていると誰でも自分が誰だか分からなく成って来るのです。哀しみの意味さえ分からなくなってしまうのです。その結果、辛ければ辛いほど人の前では笑ってしまうのです。そんな貴方は認知症でもなければ認知障害でもないのです。本当は誰かにすがって甘え貴方の全てを受け入れてくれる人が欲しいのです。でも何処にもそんな人がいなかったのでしょう。こんな私で良ければ貴方の心の奥深い苦しみの一つでも投げ与えて下さって構わないですよ。


返信ありがとうございます。認知障害にびっくりしています。父に聴覚障害がありました。子どもの頃内耳炎を患ったと聞いています。補聴器をしていました。
私の家庭環境は、私の知らない所で起こっている事が多いので、理由を問わないでください。
私は九州の離島生まれですが、物心ついたのは、関西の町でした。四歳になる前に離島に戻りました。環境の激変にどう対応したのか覚えていません。母の話では関西には二度行ったそうです。
高校卒業後、九州本土で二年程いて、関西に出ました。この経験で二度失語症になりました。同じ日本語なのに何を話してよいか、わからなくなったのです。
嫌な思い出なので忘れかけていました。うーん。私は今すべてを忘れようとしているんでしょうか?もうひとつ気になってる事に、パニック症状があります。衝撃的な出来事があると、笑いながら「大丈夫」を連発するので、助けてもらえないのです。本当に大丈夫と思われるのです。私は言ったのは覚えていますが、なぜ笑いながらだったのかは、意識がないのです。これも忘れたい出来事です。
私は認知障害でしょうか?

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コメント

返信ありごとうございます。てっきり認知障害だったと思っていたので、考えていたことがどっかに飛んでいってしまいました。
病的でなければ、理解しがたかった子どもと思います。島に帰った時、あまりにもの静寂に水平の向うは滝になっていてと考えてました。中世の世界観です。中学の時は転生輪廻を見出し、「私は天才かも」と1週間程思っていました。二千年前の仏陀の考えとわかりました。生まれつき古い考えを持っているみたいです。マイ宗教があったので、他の宗教(考え方)の誘いを受け入れられず、結局一人なのです。
私は・・・、社会性を身に付けるためにほとんど道場破りのような人生でした。思い出せました。
恥ずかしいので、忘れてしまいたいのです。
繊細な先生のブログに元寇よろしくどらを打ち鳴らし「牛豚持ってきたあるよ~」って入って来たようなものです。ありがたいお言葉です。
数少ない経験なので、どう対応していいのか分かりません。