潮騒は聞こえず(13)

米問屋の主人、徳治は39才の働き盛りであった。妻の節子は32才で2度目の子が生まれてからは産後の肥立ちが悪く、この1、2年は寝たり起きたりの生活をしていた。食も細く回復の兆しは一向に立たなかった。徳治は節子の為に滋養のある物を賄い女中たちにあれこれ命じて出させるのだが、そのどれにもほとんど手を付けなかった。産婆も懇意にしている医者も時々は診に来てくれるが、容態は捗々しくはなかった。戦争から戻り、徳治は家業の米問屋をそのまま受け継いだが、配給米の規制が厳しく家業はうまく回転しなかった。近郊の農家を駆けずり回っても、商いに成るだけの米を集めるのは容易ではなかった。戦後のうなぎ昇りの物価高で、現金では何処も相手にはしてくれなかった。馬鹿高い闇米を手に入れ、それを売っているだけでは儲けはほとんどなかった。米問屋に正規に配給される米と闇米とでは時に10倍近い値幅があった。昭和21年の春も過ぎさろうとしていた頃、ある闇屋から耳よりな話を聞かされた。「いま金に困ってどうしょうもないんだが1万円、何とか都合してくれるなら飛び切りの情報を提供出来るんだが徳さんどうする」と、前歯の抜けた50前後の親父がずる賢い目つきでヘラヘラ笑いながら声をかけて来た。住み込み女中の月給が400円ちょっとの時代だ。ずいぶんと吹っかけた情報料だ。馬鹿馬鹿しくて聞く気にもなれない。
明日に続く
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