診察室からコンニチハ(74)

ヨーロッパの医療制度も一様ではありません。サッチャー時代のイギリスでは極端な低医療政策に舵を取ってしまい、英国の医療制度は極端に低迷しました。
ポイント
◇ 1948 年以前、医療サービスは贅沢財でした。1948 年、医療ニーズに対応した公平なアクセスを基本理念としたNHS (National Health Service) が設立されました。NHSは国の公共医療サービス事業であり、健康状態や支払能力に関係なく、すべての国民が医療サービスを享受出来ました。
◇ NHSは一般税型の財源システムが基本です。財源の約 80%が一般税から 来ています。国家財政の中で、医療は最重要項目の一つとなっており、国家歳出の16%を占めています。
◇ サッチャー・メージャー保守党政権は、当時の経済状況から財政難に対応するため、市場型の競争メカニズムを利用した効率化を推進し、NHSの内部市場システムを考えだしたのです。しかし、価格競争のみに焦点が当てられ (効率化も不十分だっだったりして)、公平性は失われ、医療の質は悪化しました。
◇ ブレア労働党政権は、過去の労働党政権の中央集権型とも保守党政権の市場競争型とも決別し、公正と効率を両立させるべく、協力的・組織的アプロー チによるNHS運営を推進しました(第三の道)。その成果で医療は質の面で大きく向上しました。
現在の日本は、サッチャー・メージャー保守党政権の低医療費政策に向かっている様な危機を感じます。理想的な医療や教育のシステムを構築して行く過程には多大な努力と試行錯誤を要します。しかし、破壊や後退には多くの時間を必要とはしません。
その例として、「日本のゆとり教育」(1980~2011)があげられるかもしれません。このシステム変更により、日本人の幼稚化現象が如何に加速されたかは今さら語る必要もないでしょう。日本経済の衰退が限りなく続いているのも、そのへんが大きな原因になっているのではないかと、考えるのは私の偏見でしょうか。
その意味では、政治家や官僚、マスメディアだけに責任を押しつけているだけでは済まないのかもしれません。もちろん彼等の安易な政治決定に怒りの感情が湧いたりするのですが、それを受け入れた民意の低さも悔やまずにはいられません。
それでは各国の医療制度について、もう少し考えて行きたいと思っていますので、お付き合いください。
次回に続く
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