診察室からコンニチハ(89)

病院拡張計画が頓挫して、半年以上は仕事に対する意欲が低下し、私はゴルフに熱中していました。毎週のように病院スタッフの誰かを誘ってはゴルフ場に出かけていました。病院開設6年目の5月のゴールデンウィークには、常勤医師たちと軽井沢で春のゴルフ合宿に興じていました。3泊4日の予定で出かけたのですが、初日のプレイが終わったところで病院から連絡が入りました。父親が脳梗塞で倒れたと云うのです。未だ69才でしたが、ヘビースモーカーで1日に50本以上はタバコを吸っていました。10年以上前から糖尿病で薬も服用していましたので、脳梗塞の発症は予期していた事でした。
これまでにも再三再四、禁煙勧告をして来ましたが、医師と言っても所詮は自分の息子ですから聞く耳を持ちません。私も36才まではタバコを吸っていましたので、あまり強く言えなかったのかもしれません。
ともかく私一人が、急ぎ車で戻りました。他のドクターにはそのままプレイを楽しんでもらう事にして…
帰りの車の中で私は泣いていました。何と親不孝な息子であるのかと、自責の念に駆られていたのです。
病院に戻ったのは夜の9時頃でした。直ぐに父親のCT画像を確認しました。右中大脳動脈領域に梗塞像が認められました。
それを見て幾らかホッとしました。少なくとも言語障害は併発しないだろうと考えたからです。そっと父親の病室に入って行きますと、
「やっと来たのか…」
と云う視線で私を見つめました。
私はそっと父親の手を握り…
「大丈夫だよ、すぐ元気になるよ」
と言って、励ましました。傍らで心配そうに黙っている母親も私の顔を見て、何かを言いたそうにしていましたので病室の外に誘って病状の説明をしました。
「左上下肢の麻痺は少し残るかもしれないが、言語障害は起きないよ」
と、慰める様な説明を加えてタクシーで家に帰ってもらいました。私も病院の裏側にあった自宅に戻り、遅い夕食を取り着替えをして病院に戻りました。それから3日間は父親のオムツ交換、身体の清拭、食事の介助の全てを自分一人でやりました。親孝行の真似事をしてみたかったのです。
これまでにも子供の入院で10日以上の付き添いをした事はありましたが、大人の排便排尿の処理や身体の清拭の大変さは比べものにならないくらいの重労働でした。医師の仕事など介護の仕事に比べたら、どれだけ楽なんだと深く考えさせられました。
次回に続く
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