診察室からコンニチハ(90)

父親のリハビリは急性期の治療が終了した4日目頃から徐々に始めました。
医療保険診療のリハビリは、それなりの制約がありました。病院でのリハビリは、その制約の下で規制に従って行うだけでした。厚労省も時代の要請に応じて、幾度となくリハビリの緩和と抑制を繰り返していました。医療費抑制政策の下で、厚労省も一時は極端なリハビリ抑制政策を実施した時期もありましたが、マスメディアの強い反発に合って現在はかなり合理的な医療保険制度に落ち着いています。しかし完全に患者さん本位のリハビリシステムになっているかと言いますと、まだ疑問は残ります。
ただ父親のリハビリは、かなり積極的にやりました。父親自身もかなり頑張り、さすがにタバコも止めました。もともと負けず嫌いの性格でしたから、それも幸いしたのでしょう。日曜日も私を呼びつけリハビリの介助をさせました。その結果、父親は2ヶ月程で左上下肢の麻痺も大幅に軽減して無事退院となりました。
しかし、この様なリハビリは父親だけではなく、もちろん父親にする程までには出来ませんでしたが、患者さんの意欲とご家族の熱意があれば、時には採算性も忘れたリハビリを行いました。これは私の病院経営する基本姿勢でしたから。さらに生活保護の患者さんでも、他に病室がなければ個室にも入院させました。父親の場合は別にしても、日常的な私のこの様な経営方針は時に職員から大きな反発を喰らいました。こんなドンブリ勘定の運営をやっていて、病院の経営が成り立つのかとの批判です。何故そんな批判を職員から受けなければならないのだ。そんなイラ立ちから月一回の全体朝礼で私は、
「あなた方はナイチンゲールの誓詞を忘れたのか?何のための医療なのか」
と、豪語しました。このスピーチには多くのナースから強烈なブーイングを受けました。
「この医療経営の厳しい時代に、何を一人で*ドン・キホーテ*みたいな事を院長は言っているんだ。皆んな生活する為に一生懸命なんだから、それで働いていると云うのに…」
*ドン・キホーテ*
スペインの作家ミゲル・デ・セルバンテスの小説。 騎士道物語の読み過ぎで現実と物語の区別がつかなくなった郷士の話
次回に続く
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