診察室からコンニチハ(92)

私の理想作りを目指していた病院運営は、厚労省の度重なる医療費抑制政策で平成10年、ついには赤字決算となりました。昭和62年と比べると平成12年には薬価差益が1/10以下までに落ちたのです。こうなると、看護料(看護師に払う人件費)や医学管理料(医師に払う人件費)の厚労省が定めた基準価格ではそれらの人件費を補充出来なくなりました。それら不足分は薬価差益で殆ど補っていたのですから。
病院開設15年目にして、初めて赤字決算を迎えました。多くの病院でリハビリ部門などの不採算部門は、どんどん削減して行きました。その結果、リハビリのスタッフは給与の大幅なカットが都市部を中心に実施されました。その結果、彼等は老人ホームなどに移動して行きました。しかし、ここが我慢のしどころと考えて私の病院ではリハビリスタッフの給与カットは言うまでもなく、人員削減も一切しませんでした。
またリハビリに対する医療費抑制政策も手厳しく、私の病院でもリハビリの保険収入が大きく落ちました。しかし、このリハビリ抑制政策は前述しました様にマスメディアの攻撃に合い、厚労省も1年未満で幾らか緩和政策に方向転換を余儀なくされました。方向転換と言っても少しばかり緩和された程度です。これでは10人からのリハビリスタッフの給与が賄える訳ではなかったのです。その後は更に緩和されましたが、当面は厳しい赤字経営となりました。
さて、この経営危機をどう乗り切るか悩みに悩みました。結局は新たに病棟を作り、この新病棟は全て二人部屋とし室料差額を大幅に増やしました。またリハビリ室も作り直して、リハビリを強化して病院の評判を良くする事に努めました。
私の病院は急性期病棟と療養病棟の2本立てのケアミックスでした。急性期病棟は出来高制で、行った診療行為の保険請求が全て出来ました。一方の療養病棟は定額制で診療行為にかかわらず一律の保険収入です。その為、一般的には療養病棟での医療行為は極力控えようとする意向が強くなりました。
ある年の冬にインフルエンザが大流行して、老人ホームや療養型の病院でかなりの死亡者が出ました。マスメディアがこの死亡者の多さに驚いて一斉に騒ぎ出しました。厚労省も、このマスメディアの報道に動かされ全国の老人ホームや療養型病院に臨時の医療監視が入りました。当然ながら私の病院にも医療監視がなされ、カルテの徹底的なチェックが実施されました。
次回に続く
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