診察室からコンニチハ(117)

☆ここで「精神保健の歴史」を少し整理してみます。
19世紀後半に登場したドイツ大学精神医学では、当時の精神疾患の大半が進行性麻痺など、梅毒感染症で占められていた事情がありました。
☆1913年に、野口英世によって進行性麻痺患者から、梅毒の病原菌「スピロヘータ・パリーダ」の分離に成功し、進行麻痺は脳の梅毒であることが確定されました。
☆それを元に1917年~1919年、ヴァーグナー・ヤウレッグによる進行麻痺患者に対し、マラリア発熱療法が考案されました。ここから精神科の本格的なショック療法が始まります。
☆1933年、ポーランドのマンフレート・ザーケルが低血糖ショックを起こさせるインスリン・ショック療法で精神疾患の治療を試みましたが、死亡例が多く世の中に長くは受け入れられませんでした。
☆1937年にはハンガリーのラディスラス・J・メドゥナ(英語版)が薬物を用いて人工的にけいれん発作を作ることで統合失調症患者の治療に成功した 例を幾つか報告しました(カルジアゾール・ショック療法)。
☆当時、てんかん患者は統合失調症を合併しないと信じられており、これは「てんかん発作には精神病を予防・治療する効果があるのではないか」という着想のもとにカルジアゾール・ショック療法が行われたのでした。
☆この結果を受けて1938年、イタリアのウーゴ・ツェルレッティとルシオ・ビニは、電気を用いてけいれんを起こすことに成功しました。それまでのけいれん誘発剤による治療効果は高かったのですが、記憶障害やもうろう状態を引き起こすとして最初から賛否両論がありました。
☆開発者は電気でけいれんをおこすことに興味を抱いていましたが、人に使うには安全性を危惧していました。けいれんを起こすほど人間に電気を流すのは危険なものと考えていたからです。事実、実験に使った動物はしばしば死亡していました。その理由は電極を口と肛門に置いていたからであったと、言われています。それで電極の設置場所を頭の両側にしたところ、実験動物は死ななくなりました。その後、食肉工場へ行き豚が屠殺される前に同様にすると意識を失うことが観察されました。さらにイヌで実験を繰り返し、うつ病や統合失調症(旧精神分裂病)の患者に適用するために改良が重ねられて行きました。
☆最初の人間の実験台はローマ駅をうろついていた統合失調症の患者でした。この電気けいれん療法を11回行ったあと、患者はエンジニアとして職場に復帰出来ました。
☆その後、この療法は世界各地で行われ、1952年にフェノチアジン(クロルプロマジン)が開発され効果が発見されるまでは、精神疾患治療法の花形でありました。しかし、その後様々な抗精神病薬や抗うつ薬、気分安定薬などの開発により、使用される頻度は次第に減少していくこととなりました。
☆また一部の精神科病院では、指示に従わない患者に対して懲罰として「電気けいれん療法を行っていた」ことが明らかになり、人権蹂躙の社会問題として大きく取り上げられ、世間的な非難が大きくなりました。
☆ソビエト社会主義共和国連邦においては、共産主義に反対するものは、精神に異常をきたしているためにそれが理解できないので、統合失調症であるとしてソ連国家保安委員会(KGB)により、精神科病院に強制入院させられ治療と称して電気けいれん療法を実行されていました。実質的に、ソビエト共産党に反対するものへの弾圧、恐怖政治の手段として利用されていたのです。この様な事情もあって、電気ショック療法に対しては強い嫌悪感や反感を抱く人達が多くなりました。
☆現在の治療は、電気けいれん療法の安全性や即効性が見直されたことや、電気けいれん療法自体の改良が行われたことにより、再び精神科の治療において、重要な地位を占めるようになって来ました。
次回に続く
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