潮騒は聞こえず(21)

女衒の政司は忙しかった。東北地方は何年も続く大凶作で何処の農家も貧乏のどん底に喘いでいた。生まれたばかりの赤子を間引きするのは常態化していた。年寄りや病人は栄養失調で打つ手もなく、どんどん死んで逝った。義務教育化されていた小学校にさえ通えない児童も多かった。子供とはいえ10才ぐらいになれば家計の足しになる何かしらの仕事をさせられていた。女の子のいる家は身売りで何とか食い繋いでいた。政司はそんな東北一帯の目星しい家を探し回っていた。秋田の農村地帯を歩き回る中、イネが目に付いた。10才そこそこの小娘だったが何か胸に感じるものがあった。いつも汚い野良着を身に付けてはいたが「こりゃ上玉だ」と言う職業的勘が働いた。2、3カ月間は遠目に見ていた。他にも身売り話は多く、一人の小娘ばかりを追っかけている訳にもいかなかった。今日また久しぶりに、その小娘と出会い思わず声をかけてしまった。イネは何とも言えない怖さを覚えながらも、その押しとも言えぬ迫力に負け政司を家まで案内した。おとうが丁度帰って来ていて井戸端で足を洗っていた。「おとう、お客さんだ。何か話があるんだって」「こりゃ、お初にお目にかかります。手前は政司と申すケチな野郎です。地主さんからの取り立てが厳しくてお困りと伺ったもんで、へい」と口から出まかせを言った。「誰がそんなどうしょうも無い話をしたか知らないが、それとお前さんと何の関係があるんだい」と、おとうは未知の客の不快な話に怪訝な顔で聞いた。確かに地主への借金が重なってにっちもさっちも行かなくなっているのは事実だった。だからと言って見知らぬ他人にとやかく言われる話でもあるまい。政司はニコニコ笑いながら「いえね、何か手前でお役に立つ事があるんじゃ無いかと思いましてね」と、低姿勢で答えた。「どんな役に立ってくれるって言うんだい」と、おとうは少し興味を持った。「実は手前どもで、地主さんへの借金を棒引きして差し上げられないかと思いましてね、へいそうなんです」と、やや自信ありげに答えた。「そりゃ何が目的だい。何で赤の他人のお前さんがそんな世話を焼いてくれるんだい。そうか、娘か、娘が目的か。娘の身請け話か」と、おとうも政司の真の狙いにやっと気づいた。「ふざけるな、誰が娘を身請けさせるか、この馬鹿野郎」と、怒鳴りつけたい気持ちで胸は、はち切れそうだったが今も地主から散々に嫌味を言われ帰って来たばかりだった。「その話なら少し待ってくれ、俺の一存じゃ決められない。かかぁと話し合ってみるから2、3日待ってくれ」と、おとうは力なげに答えた。
明日に続く
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