診察室からコンニチハ(121)

話が長くなりました。医学史に戻ります。
☆1943年 - ガイ・ヘンリィ・ファジェットは*スルフォン剤のプロミンがハンセン病に有効なことを発表しました。その後、スルフォン剤の開発が進みました。
[*スルフォン剤]
サルファ剤に近縁で,SO2基をもつ薬剤をスルフォン剤sulfone drugという。スルフォン剤は1940年代に抗結核薬として開発されましたが、その後は催奇形性がある事が分かり、妊婦への使用は避けられています。
1949年 - ハロルド・リドリー (Harold Ridley) により、*眼内レンズの最初の移植が実施されました。
*眼内レンズ(がんないれんず)
intraocular lens
白内障により混濁した水晶体の摘出術後に代用として挿入する人工のレンズで略称IOLと呼ばれています。人工水晶体とも言います。水晶体摘出後、眼内レンズを挿入することにより光の屈折力を確保し視力を補正します。この方法では、より生理的状態に近い屈折力が得られる利点があります。眼内に直接埋め込まれ、虹彩(こうさい)の前に挿入する前房レンズと後方に挿入する後房レンズのほか、虹彩支持レンズなどがありますが、現在では後房レンズがおもに選択されています。水晶体は水晶体嚢(のう)とよばれる薄膜に包まれていますが、老人性白内障の手術において、水晶体嚢外摘出術などを行って水晶体嚢を残し、嚢内に後房レンズを移植する方法がよく用いられています。
☆1951年 - ジョージ・オットー・ゲイにより、ヒト由来の最初の細胞株である*HeLa細胞が培養されました。この細胞のドナーであるヘンリエッタ・ラックスさんは死亡しています。
*HeLa cells
ヒーラ細胞
ヘラ細胞とも言います。最も古くから知られた株細胞 (→組織培養 ) の一つで1951年にアメリカのジョンズ・ホプキンズ大学病院で G. O.ギーらによって、子宮頸部の癌患者から手術時に分離され、以来引続いて試験管内に培養されている癌細胞。ヒーラは患者の名に由来しています。継代培養が容易で,ウイルスの増殖に適しているので,この細胞を使って,ウイルスの生産,定量,分析,分離,抗体の分析などの研究が広く行われています。
☆1952年-ジョナス・ソークが、最初の小児麻痺(ポリオ)ワクチンを開発しました。
☆ペル・イングヴァール・ブローネマルクによって、チタンが骨と結合することが発見されました。
*スウェーデンのルンド大学医学部で1952年、ウサギの脛にチタン製の生体顕微鏡を取り付け微少循環の観察実験を行っていたところ、その器具を外そうとした際チタンと骨がくっつき外せなくなったことより、チタンと骨の組織が拒否反応を起こさず結合する現象であるオッセオインテグレーションを発見しました。その後ブローネマルクはヨーテボリ大学に移籍し、研究を続け1965年に現在主流となる世界初の純チタンによるデンタルインプラントシステムの臨床応用を開始しました。
次回に続く
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