診察室からコンニチハ(124)

☆1965年 - フランク・パントリッジ(Frank Pantridge, 北アイルランド)が、最初の携帯用の細動除去器を導入。
☆1967年-流行性耳下腺炎(*ムンプス)の最初のワクチンが開発されました。
*ムンプスは長い間、子供が普通にかかる病気で、 発熱や唾液腺の腫脹を起こすが、重要な病気とはみなされていませんでした。ムンプスが注目されたのは軍隊でした。ムンプスは、成人がかかると、子供では稀な睾丸や膵臓などの炎症という、やっかいな病気を合併する事が多かったのです。感染力が強いため、ぎゅう詰めの兵舎や訓練キャンプで、ムンプスは急速に広がりました。そして、睾丸が腫れるため、ムンプスは淋病に次ぐ性病とみなされていました。
 第1次世界大戦では、ムンプスはフランスに遠征した米陸軍の兵士の活動を妨げた最大の原因となった様です。その際のムンプスによる入院は、1,000 人あたり55.8 人(総計 23 万人)であったと言われています。ムンプスで失われた活動時間は、総計 300万時間と推定されました。
さらに1939年、第2次世界大戦が始まった際、米国保健省が第1次世界大戦中に軍隊で発生した感染症の状況を調べたところ、ムンプスは、死亡の主な原因ではありませんでしたが、兵士の戦闘活動に大きな影響を及 ぼしていたことが明らかになっていました。そこで、米国政府は、インフルエンザに次ぐ重要な病気として、ムンプスワクチンの開発を、国立衛生研究所(NIH) のカール・ハーベルとハーバード大学のジョン・エ ンダースに要請しました。
☆ 1967年12月3日にケープタウンのグルート・スキュール病院で、南アフリカ共和国の心臓外科医*クリスチャン・バーナード(Christiaan Neethling Barnard)により心臓移植手術が行こなわれ成功しました。これは交通事故によって脳死状態となった24歳の女性の心臓を55歳の男性ルイス・ワシュカンスキー(1913年 – 1967年12月21日)に移植したものですが、術後18日目に肺炎で死亡しています。
さらに1968年1月2日にはフィリップ・ブレイバーグ(1909年5月24日 – 1969年8月17日)に対して2回目の心臓移植手術を実施し、術後19ヶ月間(593日)の生存に成功しました。
*クリスチャン・バーナード(Christiaan Neethling Barnard, 1922年11月8日 - 2001年9月2日)は、南アフリカ共和国の心臓外科医師。世界初の心臓移植を成功させたことで知られています。ケープ州のビューフォート・ヴェス出身。ケープタウン大学医学部で医師資格を取得後、研究員として勤務。1956年にアメリカ合衆国ミネソタ大学へ留学し、心臓外科の先駆者的存在だったクラレンス・ウォルトン・リレヘイの下で研鑽を積む(ほぼ同時期に日本初の心臓移植を実施した*和田寿郎もリレヘイの下で指導を受けていました)。
次回に続く
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