診察室からコンニチハ(147)

多くの最先端医療が日進月歩で飛躍的に向上していますが、人類の平均寿命はどこまで伸びるのでしょうか?
日本人の平均寿命が50歳を超えたのが終戦後の1946年頃からです。男女共にその平均寿命が75歳を超えたのが1985年です。そして現在は男女共80歳を超えています。この先、私たちの平均寿命はどこまで伸びるのでしょうか?
一部の学者は120歳までは行くのではないかと言っています。ゲノム編集による遺伝子操作で、癌はもとより認知症の根本的治療も可能になって、それ以外の難病も次から次へと克服されて行くだろうと云うのが、その論拠になっています。
しかし、本当にそこまで人間の平均寿命は伸びるのでしょうか。
医療の分野をエネルギー問題に置き換えてみますと、石炭などの化石燃料から原子力発電まで、さらに太陽光発電へとエネルギー革命も確実に進化しているように見えていました。しかし、化石燃料は二酸化炭素の大量排出により地球の温暖化現象を招き、地球全体に異常気象を引き起こし始めています。原子力発電は、一度地震などの天災が発生すると放射線被曝と云う多大な人的環境的な被害に繋がります。また太陽光発電は、集中豪雨や土砂災害では建造物の全壊を招く恐れさえあります。それらエネルギーの進化と副作用を目の当たりにして、文明の発達に伴う膨大なエネルギーの消費に私たちはどう対処すべきなのでしょうか。
また最先端医療に話を戻しますと、際限なきその費用負担は誰がどの様にするのでしょうか?
問題はそれだけではありません。エネルギーの進化にも最先端医療にも、地球の生態系を崩壊させる危機が余りに多く存在しているのです。
人の細胞数がおよそ37兆個(2013年11月に発表されたEva Bianconiらの論文)であるなら、それ自体を一つの宇宙空間と例えても決して言い過ぎではないでしょう。となると、それら細胞の全てに果てしなき変化を与えてしまう遺伝子操作とは、それがある難病を克服する目的であったとしても、人間と云う一つの宇宙空間(つまり生態系)を崩壊させる事に繋がる危険性はないのでしょうか?
遺伝子操作と云う手法が、初期は難病克服と云う目的であったとしても、かつての優生保護法の拡大解釈(障害がある人は生まれてくるなという思想)に繋がらないと、誰が保証出来るのでしょうか?
*デザイナー・ベビー(受精卵の段階で遺伝子操作を行うことによって、親が望む外見や体力・知力等を持たせた子供の総称)ばかりで地球上が溢れかえる危険性はないのでしょうか?
その結果、個性ある人間性の尊厳は何処かに置き忘れられてしまうのでは…そんな不安さえ浮かんで来ます。
科学万能主義は、それなりに大きな危険性も内在しているのです。
次回に続く
関連記事

コメント