潮騒は聞こえず(24)

1945(昭和20)年8月15日正午、熊沢輝雄は一人自室で玉音放送を聞いていた。庭の蝉の声が今や盛りとばかりに鳴き狂っている。ラジオから聞こえて来る玉音放送は途切れ途切れでかなり聞き取りにくかった。しかし戦争が終結したと言う事実だけは伝わって来た。「そうか、やっぱり戦争に負けたのか」と、一人つぶやいた。1944年秋頃から始まった米軍B29による日本本土への度重なる空爆、それにより熊沢商会も焼失し、今では仮設事務所で細々と事業の継続がなされているに過ぎなかった。この半年程は鈴枝の所にもほとんど足を運んでいなかった。8畳一間と6畳二間の借家を当てがい小女も一人雇い入れ、鈴枝の身の回りをさせている。その小女が月に1、2度ぐらい会社に生活費を取りに来るが、必要なだけは手渡す様に経理の事務員には指示してある。しかし、その何もかもが今の熊沢にはどうでも良い事の様に思えた。熊沢商会の船舶の全てが沈没させられ、満州の各支店に蓄えられてある財産も全てが米軍もしくは連合国側に没収されてしまうのだろう。彼の全ての財産が消滅する運命になる事は火を見るより明らかだ。玉音放送の後、彼は一人台所に行き一升瓶を持ち出した。波乱に満ちたこれまでの人生を思い起こしながら、チビリチビリと酒を飲みはじめた。5合ぐらいで良い気持ちになって来た。小便に立ち思い切り放尿した。何とも言えない爽快感だ。部屋に戻り布団の上に座りこみ、かねてから隠しもっていた「青酸カリ」の小瓶を一気に飲み干した。
明日に続く
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