診察室からコンニチハ(149)

この驚異的な世界人口増大を許しているのは、これまでの所は科学万能主義のお陰かもしれません。遺伝子操作を中心とする食物の品種改良、交配の効率化(当然のごとく遺伝子操作も内在しているでしょう)による畜産量の増大、医学の進歩、農工業の効率化による労働時間の短縮。
例えを上げれば、1951年では10a(アール=1000平米=303坪=田んぼ1反)で333kgの米の収穫を上げる為には204時間の労働時間が必要とされていました。
それが農工業製品の開発で、2001年では10a(アール)の土地で518kgの収穫量を上げ、その為の労働時間は33時間と、実に1/6にまで減少しているのです。別の例を上げれば、河やタライで衣類の洗濯をしていた時代と自動洗濯機に洗剤を入れボタン一つで洗濯済ませてしまう様な科学の進歩の凄まじさです。
さらに交通手段の飛躍は言葉に尽くせません。いわゆる江戸時代の東海道五拾三次では東京都日本橋から京(三条大橋)まで495.5kmありましたが、江戸時代の徒歩による旅行日程は14~16日間と言われていました。それが新幹線「のぞみ」で行きますと、2時間余りです。海外への交通手段もかつての船舶なら東京からアメリカのサンフランシスコまで2週間くらい、最近のジェット機なら10時間くらい(偏西風の違いで往路と復路では数時間の違いは出ますが)と、格段の差があります。
さらに通信手段の歴史を振り返ると、一つの物語が出来そうです。
煙りの狼煙(のろし)で合図をしあった時代からトーキングドラム(太鼓を使った遠隔コミュニケーションでアフリカ、ニューギニア、南アメリカの先住民社会で使われていた)そして手旗信号、腕木通信
*(うでぎつうしん、semaphore )とは、18世紀末から19世紀半ばにかけて主にフランスで使用されていた視覚による通信機、およびその通信機を用いた通信網です。望遠鏡を用い、腕木のあらわす文字コードや制御コードを読み取ってバケツリレー式に情報を伝達していました。
1832年 - シリングが電信機を発明。
1837年 - モールスがモールス符号を考案。
1850年 - イギリス・フランス間で海底ケーブルを使った電信サービスを開始。
1870年 - 日本、東京・横浜で電信(電報)サービスを開始。
1875年 - アレクサンダー・グラハム・ベルが電話機を発明。
1895年 - マルコーニが無線電信機を発明。
1905年 - 日本、日本海海戦で無線通信が使用される。
1925年 - 日本がラジオ放送を開始。
1920年代 - ファクシミリの実用化。
アナログ通信による画像伝送。日本でも1930年に実用化。
次回に続く
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