診察室からコンニチハ(179)

つまり、日本では1回ごとの受診で「医療費が過剰に使われる恐れがある」という医療経済的な視点から見れば問題はあるのですが、「医療が身近である」という国民側の安心という視点から見れば、これはかなり素晴らしいことと言えるのでしょう。
要するに、「困ったらすぐに医者に行ける」という環境が整っていることになるからです。
英国やスウェーデンなど、家庭医制度が行き渡った国では、確かに制度上は素晴らしいと言えますが、身近とは言い難いと思えるのです。
家庭医が「ゲートキーパー」とか「ゲートオープナー」といわれるように、家庭医を通さなければ、大病院など高度で専門的な医療機関を受診できないからです。一方、日本の医療では、患者が行こうと思えば、直接、大病院の受診が可能なのです。(最近は紹介状の持参を原則とするケースが増えてはいますが…)。
それでも日本では、悲惨な医療事故が起こる度に、医療バッシングが起こり、医療不信に拍車がかかっています。その度に「日本の医療はひどい」「欧米に比べて遅れている」等の声が聞かれます。何故でしょうか?
もちろん、悲惨な医療事故というものは日本だけではありません。米国では、日本の10数倍近い弁護士がいますので、「救急車の後を弁護士が追いかけていく」と言うほどに、医療訴訟が頻発しています。ですから、米国に比べると日本での医療訴訟は格段に低いのです。日米では文化の違いもあって、一概に比較は出来ませんが、それでも国民感情としては日本人の医療不信は根強いと言われています。どうしてなのでしょうか?
改めて医師である私は自問自答してしまいます。
昭和の時代には、医師は未だ「お医者さま」と呼ばれていました。
しかし、昭和の末から「お医者さま」は「お医者さん」に変わり、病院経営もどんどん悪化しています。「医は仁術ではなく、算術になり果てた」との陰口を囁かれながらも厚労省が2年毎に改正する医療費抑制政策に汲々としながらも懸命な医療活動に従事しています。そして、医療水準としては国際的にみても誇れるような成果を出しています。
次回に続く
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