診察室からコンニチハ(198)

多くの医師、AI開発の専門家たちのこれまでの意見を聞いていると、所詮は理数系の人間の発想でしかない様に思われてなりません。極論すれば、専門性の強すぎる偏った発想の羅列ばかりが感じてしまいます。
倫理観や宗教観の問題は一先ず置いたとしても、専門家の多くはその専門性ゆえに重要な人類の本能としての欠陥を見落としています。彼らはただ医学を通じた科学の利便性を強調しているだけです。社会科学の上に立つ哲学としての模索がまるで見えてこないのです。
画像診察の優位性や遺伝子生物学の飛躍的な解明、創薬開発の効率性、電子カルテの利便性など、確かにAIによる医学の進歩は一時的には目を見張るものがあるでしょう。
でも重要なデメリットに私たちの多くは気付いていないと思います。
先ず私が最も危惧するのはAIの活用で、医師の診断能力が低下して行くのではないかとの不安です。現在でも大病院では電子カルテや高度の医療機器に振り回されて、医師が患者さん本人を診察しない傾向が強くなっています。医師自身の目、耳、触診などの前に先ずは医療機器が優先しています。かつての時代であったら、聴診器や血圧計そして医師自身の訓練された診断技術で8割以上は診断が付けられていたのに、現在の若い医師は内科医であっても聴診器すら使えない医師が増えていると言われています。もちろん高度の医療機器により誤診率は大幅に軽減した事実は否定しません。それにしても余りに医療機器に頼り過ぎるのでないでしょうか。患者サイドも不必要と、思われる医療機器を使用してもらえないと何か病院に来た気がしないという側面もあります。そして、この様な高度の医療機器はより発展し、より高額化して行きます。
そんな医療の高額化の波に、国が世界が耐え得るのでしょうか?
次回に続く
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