潮騒は聞こえず(34)

こうしてチャーリーと鈴枝の性愛の日々が始まった。最初の何回かは待合を利用していたが、それでは飽きたらず何時しか鈴枝はチャーリーを自分の家にまで引き入れる様になっていた。数年来、住みこんでいた手伝いの小女は出て行ってしまった。それさえも鈴枝は気にならなかった。根が百姓の娘である。家の事が自分で出来ない訳がない。10才前後から見よう見まねで家事は一通りやっていた。女郎への道を歩み始めて10数年、確かに家事らしい仕事には手を出してはいなかったが出来ないと言う事ではない。それよりはチャーリーとのこの愛の巣には小女の存在が邪魔にさえなっていた。前の旦那との熱海でのたった一枚の記念写真は新聞紙に幾重にも折り包み押し入れの片隅にそっと目立たない様に仕舞い込んだ。
米軍の兵士の居住地は原則的に基地内と定められてはいたが、将校にだけは例外が認められていた。チャーリーは3月末には早くも鈴枝と同棲生活に入って行った。一日として鈴枝と離れてする生活には耐えられなかった。鈴枝にしても男の大きな体に抱かれて過ごす夜が、こんなにも安らかだとは考えもしなかった。朝は彼が起き出す2時間前には薄化粧を始め、食事はトーストにハムエッグ、コーヒーにトマトジュースが定番だったが、鈴枝はそれでは飽きたらず御飯に納豆、焼き海苔、焼き魚に味噌汁を付け加えた。正に新妻そのものの丹精を込めた朝のメニューである。初めて鈴枝の手料理を目にした朝、チャーリーは目を丸くして驚いた。「こんなに、どうして。Oh! much . よ、スズエ」と両肩をすくめて見せたが、とても嬉しそうだった。そして食事よりも何よりも、すぐにキスの雨を降らせて来た。熱い抱擁の後テーブルについたチャーリーは先ずは箸を使い始めた。慣れない手付きで焼き魚に挑んでいた。それを横から鈴枝が食べやすい様にほぐしてやった。チャーリーはパンとコーヒーが良かっただろうに、鈴枝への思いやりからわざわざ焼き魚に手を出したのだろう。そのチャーリーの気持ちが鈴枝は痛いほど嬉しかった。もう早くも桜の季節が訪れている。
明日に続く
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