潮騒は聞こえず(37)

吉次はチャーリーが金に困って泣き言をいう日が何時来るか待ち続けていた。如何に少尉といえどもそんな馬鹿みたいに高い給料を貰っている訳じゃない。国元に女房や子供がいて、その上新しい別の家庭を持つなんて無理に決まっている。チャーリーと鈴江の関係が深まれば深まる程に経済的破綻が訪れるのは明らかだ。国籍も精神風土も違う女に恋愛感情だけで一緒に苦労してくれなどと、どの口で言えるのだ。黒人と言う劣等意識が強ければ強いほど、愛する女の前では見栄を張りたくなるもんだ。吉次はその事を見抜いていた。それ故にわざわざ黒人将校を狙い撃ちしたのだった。そしてその思惑は見事に当たった。ただ鈴江までが、自分の思い通りの役回りをここまで見事に演じ切ってくれるとは、吉次にも予想外の出来事だった。
鈴江の貧しさから身を売らねばならなかったと云う生い立ちが、何処かで激しい心の支えを、それを愛と言うのか温もりと言うのかは分からないが、裸の人間同士の繋がりを切ないまでに求めていたのだろう。そしてそこにチャーリーがいたのである。二つの寂しい魂が出会ってしまったのだ。
人は誰も一人では生きて行かれないものだが、痩せ我慢や虚栄を張り続け孤独を好むかのように振る舞う者もいる。しかし本当は何処かで激しく己の魂の片割れを探し求めているのだ。多くの人たちがその片割れに巡り逢えるかどうかは知らない。しかしその様に出会ってしまった二つの魂はもう離れられない。どの様な障害を乗り越えても共に生きようとする。そこにどの様な罠が隠されていようとも。
そして吉次は用意周到に罠を仕掛けて待っていたのである。軍需物資の横流し、それこそが吉次の最初からの真の狙いだった。それをチャーリーの口から言わせる事に大きな意味がある。仕方なく自分は嫌々協力したと言う体裁が必要なのだ。それがより大きな獲物を手にする近道となる。そしてチャーリーは吉次が思い描いた路線をそのまま歩き始めようとしていたのである。
明日に続く
関連記事

コメント