潮騒は聞こえず(39)

ともかく予定の2日前には何とかチャーリーと鈴枝の二人は座間基地近くの借家に新居を構えた。本物の新婚生活が始まる様で、鈴枝の目には何もかもが新鮮に見えた。こうして1946年4月半ばから彼等の新しい生活がスタートした。東京一面の焼野原だった荒れ果てた土地にも、桜の花は所々ではあるが季節の香りを誇るかの様に咲き、そして散って行った。それは彼等の未来を祝福しているのか、それとも散り際の儚さを予言しているのか誰も知るべくもない。
彼等は互いに知り合って2ヶ月弱しかたっていない。しかし男と女の関係は時間の長さだけで推し量れるものではない。何年もダラダラ付き合っても一緒に成れない男女は数多(あまた)いるし、一瞬の出会いで燃え尽きる様な恋に陥ってしまう事だってある。真の意味での恋愛とは「一種の逆上」でないか。打算や理性が働いたものは恋愛ではなく、結婚と言う名の就職活動の様なものに過ぎない。「恋は盲目」と言うが、正に恋愛の一つの真理を言い当てている。理屈ではなく、ともかく恋しい、苦しい、会いたいのである。それがどれ程に長続きするかは別の問題である。そしてチャーリーと鈴枝はその恋愛のただなかにいる。しかし現実の生活は窮乏のどん底に差し掛かっていた。
チャーリーの財布の中身は殆んど空に等しかった。鈴枝には未だ僅かばかりの貯えは残されていたが、それさえも新しいテーブルや洋服箪笥その他の日用雑貨も買いだすと切りがなかった。それに前の旦那の匂いの付いた物は出来る限り捨て去った。あの熱海の一枚の記念写真さえも捨て去ったのである。
ちゃーりーは軍所属の会計事務所から既に2ヶ月分の給与を前借りしていた。そこの会計事務所の下士官がたまたま、かってサイパンの激戦区でチャーリーに命を救ってもらった黒人であった為チャーリーが無理を承知で頼みこみ、何とか借り出した2ヶ月分の給与だ。このあと残された手は一つしかなかった。
チャーリーは軍需物資に手を出すことにした。始めの内は恐る恐る目立たない様に注意深くやっていた。中ぐらいのボストンバックに出来る限りのウイスキーやタバコを詰め込んで、何気ない顔で吉次に手渡し、それを彼が闇のルートで換金した。言うまでも無い事だが吉次も自分の取り分は、それなりにに確保していた。週に1、2度のペースで横流しは続けられた。誰でも多少はやっていたが、その多くは見過ごされていた。ウイスキーの2本や3本で目くじらを立てていては軍隊というシステムは成立しにくい。将校も下士官も暗黙の内にやっては、ちょっとした小遣い稼ぎにしていた。
戦争が終わって軍隊の規律も少し緩んでいる。ポツダム宣言受諾後の日本人達は思った以上に従順で、GHQの指揮下に何の抵抗も示さなかった。財閥解体、貴族制度の廃止、大地主からの土地開放、憲法改正そして東京裁判による戦争犯罪人の処刑とGHQの思う通りに日本の国家体制そのものが徹底的に改革されて行った。
明日に続く
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