潮騒は聞こえず(44)

1946(昭和21)年6月11日の決行前夜。徳治は古くからの番頭6人を帳場に呼び入れ、自分の胸の内を始めて打ち明けた。日本中が廃墟と化している現状では真面(まとも)な仕事だけでは、とても生き残れない。「お前達も知っている通り、浅草や上野の何処に行ったって目につくのは乞食の集団ばかりだ。代々続いているこの店の暖簾も風前の灯火になっている。米問屋に米がなくて、どんな商いをしろって言うんだ。お上から配給される米だけじゃ誰も満足に食って行けやしない。上野や新橋あたりで出回っている闇米は配給米の10倍もの値段だ、べらぼうな話じゃないか。大体どっから闇米がそんなに出て来るんだ。誰かが裏で悪どい儲けを企んでいるに違いない。俺の聞いた噂だと陸軍の隠匿物資だって話だ。本来は満州などに送るはずの米や食べ物を戦後のドサクサに紛れて軍隊の偉い奴らが横取りしたってのが真相だって米問屋の連中が騒いでいるんだが、俺達がとやかく言ったってどうにも成るまい。ともかく良いの悪いの言ったて始まらないんだ。食う為には生き残る為には、四の五の言ってる時じゃねえって事よ」「うちのお店(たな)では、これからどうなさるんで」と、一番番頭の佐吉が聞いて来た。「そこでだ、俺は危険は承知でGHQの旦那方と手を組んで軍需物資の横流しを手伝う事にした」「危なくはないんで」と、今度は二番番頭が聞いて来た。「危ない橋である事に違いはない。だがそんな甘ったれた事を言っていられる時代じゃないだろう。それにこの話はGHQの将校さんから持ち込まれた話で、段取りは全てあちらさんが付けてくれるんだ。もうやるしかないんだ。ただお前達に強要しようとは思わない。俺と一緒に危ない橋を渡りたくない奴はそれで良い。何十年もお店の為に働いてくれたお前達だ、俺と一緒にこれから先も仕事しようと、しまいとお前達の身の振り方は考えてある」番頭達の誰彼ともなくすすり泣きがもれた。「旦那様、それは余りの言葉ではないですか。私は先代の大旦那様からご奉公させて頂いている身です。今更このお店(たな)を辞めて何処に行けと仰るんで。どんなに危ない橋だって、例え腐り果てた橋だって旦那様が一緒に渡ってくれと、お命じになるならば喜んでお供をするまでです。なぁ、お前達もそうだな」と、一番番頭の佐吉が他の番頭達を見回して言った。「大番頭さんの仰る通りでございます」と他の番頭達も口々に忍び泣く様に声を揃えた。番頭達の額からは汗と涙の滴(しずく)がポタポタと帳場の畳の上に落ちて行った。「そうか、お前達の気持ちは十分に分かった。しかしもう一度だけ言っとく。事と次第によっちゃ刑務所の臭い飯を食うって事だぞ、それでも良いんだな」と、徳治は天井の桟を睨みながら押し殺す様に言った。
明日に続く
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