潮騒は聞こえず(47)

28台目のトラック前方にに紛れ込んだ徳治のトラックの使用人は咄嗟の判断で自分の鑑札No.3を座席の下に隠した。そして何気ない顔をして早く荷揚げをしてくれと作業員たちに催促した。「鑑札は」と聞かれ、「28だ」と答えた。疲れ切っていた作業員たちは、それ以上の詮索もせず運搬を開始した。寝惚け眼の28台目の運転手もやっと目を覚まし自分の前に並んでいるトラックを少しばかり怪しんだが、余り深く考えもしないうちに荷揚げは流れ作業の様に開始されて行った。雨は強くなる一方で夕闇も迫っている。鑑札No.1と2の徳治のトラックが本来の業務を終えて戻って来た。午後4時を過ぎていたが、それにも積荷は開始された。No.3のトラックは午後5時過ぎ横浜港を出て今度は座間基地に向かった。No.1と2のトラックが積荷を終えて横浜港を出たのは午後7時半だった。横浜港での作業時間は午後7時までと予定されていたが、仕事が遅れに遅れていたので最終のトラックが港を出たのは午後8時を過ぎていた。そしてNo.1と2のトラックは座間には行かず本郷の土蔵に向かった。こうして混乱の内にトラック3台分の軍需物資が土蔵の中に消えた。
翌6月13日も午前9時には横浜港にトラックが勢揃いした。先ず米軍の下士官たちが昨日の運搬状況のチェックを始めた。夫々の目的地に物資が確実に届けられたか、受領書の確認である。徳治のトラック3台分の受領書は完璧だった。そこには本物の受領書3枚のほかにチャーリー達が作成した偽の受領書3枚が添えられていたが、何の疑いも抱かれなかった。しかし他の受領書の中には雨で破れる寸前の物や受領サインが雨に滲み、殆んど確認出来ない物もあったり、受領書その物が紛失されていたりで、8割程度がまともに確認されたに過ぎない。トラックの横転事故が一件、タイヤのパンクが2件発生したとの報告があり、遅滞件数も多く立川基地に到着した最終のトラックは午前1時と伝えられた。確認に当たっていた下士官たちは「何でもかんでも雨のせいにすれば済むのか」と、誰彼構わず口汚く罵っていたが、彼等がどんなに怒鳴ろうと終わってしまった事である。結局、昨日の内に稼働したトラックは日本の物が35台、5台分は2往復していた。それに米軍の軍用トラックが5台分だった。徳治のトラックも2往復した5台に入っていた。目的地まで無事に届けられた物資がどのくらいであるかは未だ確認が取れていなかった。
明日に続く
関連記事

コメント