潮騒は聞こえず(51)

この事があって以来、ジョン鈴木はチャーリーには頭が上がらない。それ以外にも小さなトラブルの幾つかは彼が庇ってやった。性格は悪くはないのだが少し酒癖が良くない。また鈴枝と生活をする内に彼も少しずつ日本語の片言が分かってきた。だから吉次と徳治が自分の目の前でビジネス上の話をしている時でも、吉次の腹黒い一面がちょっとした言葉の意味あいの中で感じてしまう事がある。少なくても両方から手数料稼ぎをしようとしている手口は十分に読み取れた。その点、日系の鈴木は吉次に比べ仕事上のパートナーとしては信頼出来る感じだ。数日する内にまた吉次が来て「どうも徳治の奴は、もっと沢山の物資を横領しているみたいだ。ちょっと脅かして後500ドルぐらいはふんだくってみないか。上手く言ったら、俺の方は200ドルだけで良いんだがね」と、嫌らしい目付きでチャーリーの脇に寄って来た。「鈴枝さんは元気ですかい」と、彼の歓心を買うような表情でチャーリーを見た。「スズエは関係ない」と、思わず大きな声が出てしまった。もう、この男の口からスズエの名前を出して欲しくはない。愛するスズエが何か汚されるような気がしてならない。吉次は少し驚いた顔をしたが「徳治の話はどうします」と、さらに絡みついて来た。確かに吉次の言う事は当たっているかもしれない。しかし成立したビジネスだ。分け前の事で何時までも歪み合うのは、悪事が露見する前触れみたいなものだ。それを欲に駆られた、このコソ泥は分かっていない。ましてスズエの事でさえ、こいつは俺の弱点を握っているつもりでいる。「分かったキチジ、少し飲みにでも行ってゆっくり話そうじゃあないか」と誘うと、喜んで付いて来た。7月も下旬の暑い夜だ。座間基地から少し歩いた外人バーに向かった。夜も9時を少し回っていた。川沿いの道を二人で歩きながら不意にチャーリーが座り込んだ。「どうしたい」「なに、靴紐が外れただけだ。先にぼちぼち歩いてくれ」「そうかい」と言って吉次は少し歩き出した。彼はズボンのベルトを一気に外し、獣のように疾走し吉次の背後から皮ベルトで首を力一杯に締め上げた。ものの5、6分もしない内に口から泡を吹いて吉次は悶絶した。皮ベルトを首から外し死体は川の中に蹴り落とした。何事もなかったかの様に一度基地に戻りトイレで顔を洗い、服装の乱れをなおし真っ直ぐ鈴枝の待つ家に帰った。にこやかに迎える鈴枝といつもの様に軽いキッスを交わし夕食の席についた。
明日に続く
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