潮騒は聞こえず(54)

節子が亡くなって1年が過ぎた。徳治の二人の娘はすっかり住みこみ女中の道子に懐いていた。彼女も子供たちの世話を骨身おしまずに尽くした。娘の紀子は6才、徳治の長女澄子は5才、そして次女の智恵は4才、それぞれに可愛い盛りである。道子はわずか27才で3人の子持ちになった気分であった。徳治も3人の子供たちに分け隔てなく接してくれた。紀子の小学校に上がる支度も徳治が全部してくれた。有難さに言葉もなかった。その分、誰よりも奉公に精を出すだけだと強く感じ始めていた。徳治はいつも忙しく家にいる日は少なかった。父親がいない分、子供たちは益々道子に母親代わりを求めて来た。徳治も何時しか子供たちのそのような様子に気づき始め、道子を賄いや家事の雑用から外し子供たち専用の世話係にした。そして彼女も子供たちを、より慈しむようになっていった。徳治の事業は拡張して行く一方で新宿ではさらに喫茶店経営を2つ手掛けていた。自分の事業拡張が順調になるにつれチャーリー達との関係も少しづつ疎遠になって行った。もう危ない橋は渡りたくはなかったし、渡る必要もなかった。1949年10月末、徳治は午前2時頃かなり酩酊して自宅に戻ってきた。道子が「お疲れさまでした」と、にこやかに出向かえた。「水を一杯くれ」と言って玄関口に座り込んでしまった。道子が差し出したコップ一杯の水を一気に飲み干すと、そのまま寝込んでしまった。仕方なく靴と靴下を脱がせ枕を運び、上着とネクタイを外し掛け布団をかけた。玄関口の板の間は寒さを感じる季節でもなかった。それ以上の事は道子の体力ではどうにもならなかったし、何故か他の使用人を呼ぶ気にもなれなかった。徳治を玄関先で寝かせたまま、自分だけが寝室に戻る訳にも行かず、道子はそのまま玄関先で徳治の寝姿を見守っていた。いや、それ以上に彼のそばにずっといたかったのかもしれない。2時間程して徳治はまた喉の渇きを覚え目をさました。枕元には水差しが用意されていた。道子が新しいコップに水を直ぐに注いだ。それをまた一気に飲み干した。少し目が覚め尿意を催し一階脇のトイレに向かった。トイレ出口では道子が新しいタオルを持って立っていた。徳治はふいに言いしれぬ愛おしさを道子に覚え「道子、お前の世話は俺が一生させてもらう」と、やや恥ずかし気に口走り、そのまま道子の手を握りしめた。彼女は少し驚いたが嫌な気持ちはしなかった。さらに徳治は彼女の頬に顔をすり寄せて来た。彼女は笑みを崩さず優しく徳治を見つめ「私も旦那さんの事は嫌いではないです」と答えた。やはり自分の身分で主(あるじ)に向かって「好きです」とは言えなかった。「良いんだな、お前の事が好きなっても」と、声が少し上ずって彼女の肩に手をかけて来た。道子は何も言わず長い睫毛の瞳を閉じた。徳治が激しく唇を求めて来た。彼女は何の抵抗もせず徳治をそのまま受け入れた。徳治42才、道子27才、秋の気配は色づいていたが晩秋と言うには未だ少し早かった。
明日に続く
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